渡辺先生、胸を張ったまま校庭を見回す。
生徒たちは、ほぼ全員“魂が抜けたメダカ”のような目になっていた。

中村先生(音楽教師)が、壊れたマイクの残骸をそっと拾い上げる。
ジャージの袖で埃を払うが、どう見ても粉々だ。
もはや「機械」ではなく「鉱物」。

中村先生が教頭に小声で言う。
「これ……直せませんね」
教頭、震え声で返す。
「だ、だろうね……」

そこへ渡辺先生がズカズカ近寄ってくる。

「なんや、その表情は。勝利を喜ばんかい!」

喜べるか。

生徒たちは今日ここに来たのは授業の一環だ。
まさか戦国無双の真横に立たされるとは聞いていない。

渡辺先生は、壊れたマイクを見下ろすと、しみじみと語りはじめた。

「しかしお前、最後はええ戦いやったぞ……」

先生、それ機械です。

そして、なぜか渡辺先生は校庭の真ん中で正座しはじめた。
全員が固まる。

「マイクよ。お前の“声を届けたい”という思い……確かに受け取った」

いや、届けたのあなたの拳ですけどね?

渡辺先生は拳を握り、空に向けてゆっくり突き上げた。

「だがな……魂は、電気では増幅できん!!」

生徒の誰かが小さく言った。

「先生、それ朝礼で言うこと……?」

違う。これはもう“儀式”だ。

その頃、スピーカーの前では別の混乱が起きていた。

中村先生がケーブルを確認し、
「やっぱり通電してませんね」
と言うと、

放送委員の男子がなぜか自信満々で言う。

「これ……叩いたら治りませんか?」

渡辺先生の影響を受けるの早すぎ。

中村先生が慌てて止める。
「やめなさい!!楽器は叩いて治すものではありません!!」

どこか後方から聞こえる。

「……でもさっきマイク叩いたよね」

言うんじゃない。

騒然とした空気を収めようと、教頭が前に出た。
スーツは砂ぼこり、メガネは曇り、人生最大の疲労の顔。

「えー……それでは朝礼を……し、しめます……」

声は震えていた。
だが渡辺先生が横から割り込む。

「待て!まだ終わっとらん!」

全員の肝臓がキュッとなる。

「今から“魂の訓示”を行う!!!」

やめてくれ!!!

生徒たちの心の叫びが校庭に渦巻くが、もちろん届かない。

渡辺先生は、地面に立てた拳をギリギリ握ったまま、
校庭全体を見渡す。

「お前らァ!!マイクに頼るような弱い大人になるんじゃない!!」

(いや別にマイクは弱くないし、お前が壊しただけだし……)

「魂で喋れ!!魂で伝えろ!!」

その瞬間、近所の犬が吠え出した。
遠くの山からカラスが飛び立った。
校舎のガラスが微妙に震えた。

渡辺先生の声は、完全に生態系に影響を与え始めている。

もはや災害級。
いや、渡辺先生は気象兵器なのか?

訓示が続く中、生徒たちはほぼ気絶寸前。

後ろの方の女子グループは
「もう帰りたい……」
「今日の給食、味わかんなくなりそう……」
とすでに心が崩壊。

さらに追い打ちをかけるように渡辺先生。

「おらぁああああ!!目を開けろおおお!!目から魂が逃げるぞ!!」

逃げていいだろ魂くらい。

放送委員長が泣きそうな声でつぶやいた。

「……今日、放送の仕事なにもしてない」

そりゃそうだ。全部渡辺先生の“素の声”で届くから。

ついに教頭が意を決した。

「わ、渡辺先生!もう……十分“魂”は伝わりました!!」

渡辺先生は全校を見渡し、

「……そうか。ならええ」

ようやく収まった。
その瞬間、校庭の全員の肩が一斉に下がる。

その空気は、まさに戦争が終わったあとの静寂。

先生は汗を拭きながらキッパリと言った。

「ほな、授業始めるか!」

始めるかじゃないわ!!!

そして第一時限目のチャイムが鳴る。

生徒たちはヨボヨボになりながら教室へ向かった。
誰かが言った。

「……今日の朝礼、45分あったよな?」

「うん……魂の授業だった……」

教頭も立ち去り際、溜息をつきながらつぶやく。

「……また予算が……」

中村先生は壊れたマイクを抱え、
「これ、供養したほうがいいですね……」
と言った。

僕は思った。

あのマイク、絶対成仏してない。


エピローグ

後日、学校の予算会議でマイクの修理費用が問題になった。
だが誰も真相を言い出せない。

「壊した犯人は?」
と聞かれた瞬間、
職員室が全員揃って沈黙するという現象が起きた。

そして教頭だけが、静かに天井を見つめて言った。

「……風です」

やめろ。

だが、その日を境に生徒たちはこう呼ぶようになった。

“マイク殺しの渡辺”

そして僕は誓った。

いつかこの事件を書き残す――魂は電気を超える日が来る、と。

…でも正直、マイクにはもう少し優しくしてほしい。