渡辺先生、胸を張ったまま校庭を見回す。
生徒たちは、ほぼ全員“魂が抜けたメダカ”のような目になっていた。
中村先生(音楽教師)が、壊れたマイクの残骸をそっと拾い上げる。
ジャージの袖で埃を払うが、どう見ても粉々だ。
もはや「機械」ではなく「鉱物」。
中村先生が教頭に小声で言う。
「これ……直せませんね」
教頭、震え声で返す。
「だ、だろうね……」
そこへ渡辺先生がズカズカ近寄ってくる。
「なんや、その表情は。勝利を喜ばんかい!」
喜べるか。
生徒たちは今日ここに来たのは授業の一環だ。
まさか戦国無双の真横に立たされるとは聞いていない。
◆
渡辺先生は、壊れたマイクを見下ろすと、しみじみと語りはじめた。
「しかしお前、最後はええ戦いやったぞ……」
先生、それ機械です。
そして、なぜか渡辺先生は校庭の真ん中で正座しはじめた。
全員が固まる。
「マイクよ。お前の“声を届けたい”という思い……確かに受け取った」
いや、届けたのあなたの拳ですけどね?
渡辺先生は拳を握り、空に向けてゆっくり突き上げた。
「だがな……魂は、電気では増幅できん!!」
生徒の誰かが小さく言った。
「先生、それ朝礼で言うこと……?」
違う。これはもう“儀式”だ。
◆
その頃、スピーカーの前では別の混乱が起きていた。
中村先生がケーブルを確認し、
「やっぱり通電してませんね」
と言うと、
放送委員の男子がなぜか自信満々で言う。
「これ……叩いたら治りませんか?」
渡辺先生の影響を受けるの早すぎ。
中村先生が慌てて止める。
「やめなさい!!楽器は叩いて治すものではありません!!」
どこか後方から聞こえる。
「……でもさっきマイク叩いたよね」
言うんじゃない。
◆
騒然とした空気を収めようと、教頭が前に出た。
スーツは砂ぼこり、メガネは曇り、人生最大の疲労の顔。
「えー……それでは朝礼を……し、しめます……」
声は震えていた。
だが渡辺先生が横から割り込む。
「待て!まだ終わっとらん!」
全員の肝臓がキュッとなる。
「今から“魂の訓示”を行う!!!」
やめてくれ!!!
生徒たちの心の叫びが校庭に渦巻くが、もちろん届かない。
渡辺先生は、地面に立てた拳をギリギリ握ったまま、
校庭全体を見渡す。
「お前らァ!!マイクに頼るような弱い大人になるんじゃない!!」
(いや別にマイクは弱くないし、お前が壊しただけだし……)
「魂で喋れ!!魂で伝えろ!!」
その瞬間、近所の犬が吠え出した。
遠くの山からカラスが飛び立った。
校舎のガラスが微妙に震えた。
渡辺先生の声は、完全に生態系に影響を与え始めている。
もはや災害級。
いや、渡辺先生は気象兵器なのか?
◆
訓示が続く中、生徒たちはほぼ気絶寸前。
後ろの方の女子グループは
「もう帰りたい……」
「今日の給食、味わかんなくなりそう……」
とすでに心が崩壊。
さらに追い打ちをかけるように渡辺先生。
「おらぁああああ!!目を開けろおおお!!目から魂が逃げるぞ!!」
逃げていいだろ魂くらい。
放送委員長が泣きそうな声でつぶやいた。
「……今日、放送の仕事なにもしてない」
そりゃそうだ。全部渡辺先生の“素の声”で届くから。
◆
ついに教頭が意を決した。
「わ、渡辺先生!もう……十分“魂”は伝わりました!!」
渡辺先生は全校を見渡し、
「……そうか。ならええ」
ようやく収まった。
その瞬間、校庭の全員の肩が一斉に下がる。
その空気は、まさに戦争が終わったあとの静寂。
先生は汗を拭きながらキッパリと言った。
「ほな、授業始めるか!」
始めるかじゃないわ!!!
◆
そして第一時限目のチャイムが鳴る。
生徒たちはヨボヨボになりながら教室へ向かった。
誰かが言った。
「……今日の朝礼、45分あったよな?」
「うん……魂の授業だった……」
教頭も立ち去り際、溜息をつきながらつぶやく。
「……また予算が……」
中村先生は壊れたマイクを抱え、
「これ、供養したほうがいいですね……」
と言った。
僕は思った。
あのマイク、絶対成仏してない。
エピローグ
後日、学校の予算会議でマイクの修理費用が問題になった。
だが誰も真相を言い出せない。
「壊した犯人は?」
と聞かれた瞬間、
職員室が全員揃って沈黙するという現象が起きた。
そして教頭だけが、静かに天井を見つめて言った。
「……風です」
やめろ。
だが、その日を境に生徒たちはこう呼ぶようになった。
“マイク殺しの渡辺”
そして僕は誓った。
いつかこの事件を書き残す――魂は電気を超える日が来る、と。
…でも正直、マイクにはもう少し優しくしてほしい。