1990年代中期、スマホもYouTubeもない、ただ根性と気合とビンタしか存在しなかったあの時代。
地獄の夜明けが、いま蘇る――。
――地獄の夜明けビンタ合戦――
あの日、僕ら2年男子は、「人間ってどこまで耐えられるんだろう」という哲学的な問いに、物理的に答えを出させられていた。
発端は、体育館裏で渡辺先生が放った、一言。
「お前ら、精神がゆるんどる」
この言葉、もはや校内で核兵器並みの破壊力を持っていた。
なぜなら、続く言葉はいつも決まっている。
「合宿じゃ」か「全員ビンタじゃ」。
そして今回は――最悪のハイブリッド。
「合宿してからビンタじゃ!!」
地獄、開幕。
◆地獄の幕開け
場所は山奥の「県立青少年の家」。
しかし入口の看板には見覚えのない貼り紙があった。
『心の鍛錬塾 × 体育特別強化合宿』
主催:渡辺先生。
共催:――僕の親父。
元・極真会館の門下生。
座右の銘は「気合でだいたい治る」。
ブルース・リーを心の師として崇め、家では毎晩「燃えよドラゴン」を流して腕立て伏せをしていた男である。
本人いわく、
「倍達先生に“押忍の角度が悪い”って怒られた唯一の男」。
そんな親父が、渡辺先生と手を組んだ。
つまりこれは――精神と筋肉の核融合反応である。
◆初日:走っても終わらない
朝6時。
山の静寂を切り裂く声。
「アチョォォォォォォッ!!!」
親父だった。
寝起きで既にブルース・リーのテンション。
続いて渡辺先生のホイッスル。
「男子全員、山頂までランニングや!泣いても走れぇぇ!!」
山頂まで約8キロ。
男子70人。
倒れた者には、親父の「極真式気合注入」(※拳骨)が炸裂する。
今考えてみると
「これ、修行系YouTuberでも案件断るやつだろ…」
でも当時はYouTubeなんてない。
だから逃げ場もない。
◆昼:心の講義(という名の精神崩壊)
昼食は白米・味噌汁・そして親父特製“魂のプロテインスープ”。
「味は?」と誰かが聞いた瞬間、親父は叫んだ。
「気合味や!!!」
もう誰も聞かなかった。
続いて始まったのは「心の強さとは」講義。
親父「壁に向かって笑え!笑顔は勝利の証や!」
渡辺先生「笑っとる暇があったらスクワットせぇ!!」
70人の男子が、壁を見つめながら無理やり笑顔でスクワットする。
その光景は完全に“地獄のミュージカル”。
誰も歌ってないのにテンポだけは完璧。
◆夜:竹刀VSヌンチャク
夜8時。
体育館の照明が落とされ、月光だけが差し込む。
親父がバッグから取り出したのは、手製のヌンチャク。
「モップの柄で作った“リー・スペシャル”や」
渡辺先生は竹刀を構えた。二刀流で。
親父「ヌンチャクは心の延長や!」
渡辺先生「竹刀は魂の延長や!!」
結果:ただの暴力。
「カンッ!」
「パシンッ!」
「アチョーッ!」
「イテッ!」
「痛い言うな!それが青春や!!」
ヌンチャクが蛍光灯に当たり、火花が散るたび、男子全員が悟った。
「この合宿、明日までもたない」
◆深夜:逃亡未遂事件
夜1時。
三人の男子が脱走を試みた。
だが、外には渡辺先生が懸垂していた。
「お前ら、夜風に当たりにきたんか?」
静かに戻された。
翌朝、三人の頬が左右対称に腫れていた。
あまりに精密で、まるで校章のようだった。
◆最終日:夜明けのビンタ勝負
最終日、朝5時。
朝霧の中、体育館に立つ二人の影。
親父「お前の指導、まだ甘い」
渡辺先生「そっちこそ、ぬるいわ!」
沈黙。
次の瞬間――
「パァンッ!!!」
渡辺先生のビンタ!
親父のビンタ!
交互に鳴り響く。
「パァン!パァン!アチョー!パァン!」
完全にリズム対決。
体育館が「地獄のサマーソニック」。
生徒たちはなぜか手拍子。
「ビンタ!ビンタ!ビンタ!」
誰かが「ワッショイ!」と叫んでた。
◆エピローグ
合宿が終わる頃、僕らは全員、背筋が異様に伸びていた。
理由は簡単。
ビンタで矯正されたからだ。
親父は満足げに言った。
「心が折れんやつが勝つ!」
渡辺先生も笑う。
「お前ら、ええ顔になったな!」
だがその直後、友人がつぶやいた。
「俺、顔の筋肉だけで笑ってる。心はもう死んでる…」
――地獄の合宿、終了。
でもなぜか、帰り道は全員笑っていた。
理由はわからない。
ただ、あの朝霧の中で感じたのは――
「青春って、たぶんビンタの痛みくらいがちょうどいい」