合唱コンクールの練習が、いつの間にか「生存訓練」になった件

 

僕は今でも、合唱コンクールの練習を思い出すと、お尻がじんわりと疼く。

あれは中学2年生の秋。僕らのクラスは地獄に突き落とされた。悪夢の中学生活、合唱コンクールが再びやってきたのだ。

去年の地獄は、渡辺先生という名の発声狂人だけで済んだ。魂をビンタされたり、声が小さいだけで生きる気力がないのかと詰め寄られたり。しかし、今年はさらに事態が悪化した。

暴力教師、三銃士の襲来

今年の練習には、伝説の暴力教師三銃士が揃ってしまったからだ。

【第一の地獄】渡辺先生の「魂のビンタ」

今年も渡辺先生は健在だった。「去年の歌は、魂が腐っていた!」そう叫ぶと、ビンタ! 「なぜ隣より声が小さい!?生きる気力がないのかァァ!?」そう言って、ビンタ!

合唱というよりは、殴り合いながら歌う軍隊の訓練だった。僕らはすでに魂どころか、鼓膜が破れる寸前だった。

【第二の地獄】若林先生の「音程は蹴りで作る」

そこへ現れたのが若林先生だ。「おい、もっと腹から声出せって言ってんだろうが!ドカッ!」彼は突然、ピアノを蹴り飛ばした。鍵盤が数個吹っ飛び、教室に不協和音が響き渡る。

「じゃあ何を蹴ればいいんだ!」と叫ぶ若林先生と、「ピアノは殴るな!」と怒鳴る渡辺先生。もはや合唱の練習ではない。教員同士の仁義なき戦いである。

そして僕らは、体育館の壁に向かって歌うという謎の訓練を強制された。声が反射して自分の耳に戻ってくる。音程が狂っていると、その場で蹴りを食らわせられた。音感=蹴りという斬新な指導法に、僕たちはただただ恐怖した。

【第三の地獄】ひざつき先生の「ケツで語るハーモニー」

そして、最終兵器のひざつき先生が参戦。「ハーモニーとは、煩悩を捨てた先に生まれるものじゃ。よって、全員ケツを出せぇええ!!」

音楽室はケツバット地獄と化した。ソプラノが音を外せば、ケツバット。アルトが裏声になれば、ケツバット。僕らはケツの痛みを共有しながら、ハーモニーを学んでいった。

そのうち、僕らの音楽の理解はこうなった。

  • ソプラノ:ケツが少し痛い

  • アルト:ケツが結構痛い

  • テノール:ケツに激痛が走る

  • バス:ケツが割れる

合唱コンクールは、もはや音楽ではなく、ケツの痛みの共有だった。

合唱コンクール、そして伝説へ

そして迎えた本番。顔面蒼白で舞台に立った僕らのクラス。

ピアノが鳴り始め、隣の席のタケシが、緊張で声を裏返らせてしまった。その瞬間、客席から渡辺先生が無言で立ち上がり、舞台袖からは若林先生が回し蹴りを繰り出し、ひざつき先生がバットを振りかぶった。

僕らの魂が共鳴した。「声がぁぁぁ!!」「ケツがぁぁぁ!!」

僕らはもはや歌っていなかった。ただ、魂の雄叫びを上げていた。その声は、音程もハーモニーも無視された、ただの悲鳴。しかし、恐怖と絶望、そして生きるための気力に満ちていた。

審査員は顔を引きつらせ、隣のクラスはドン引き。だが、僕らの歌には紛れもない**「生」**があった。

最終結果

結果は、まさかの2位。

地獄のコンクールを終え、僕らは渡辺先生から「頑張った証」のビンタ、若林先生から「足りなかった」の回し蹴り、ひざつき先生から「煩悩が残っておる」のケツバットを食らった。

あの時の合唱は、音楽ではなかった。あれは僕たちの生存本能が作り出した、恐怖の芸術だったのだ。

でも、そのおかげで僕はどんな理不尽な状況でも、心の底から声を出すことができる。

ありがとう、暴力三銃士。

でも、それは教育じゃなくて、指導付きのホラーショーでした。

皆さんの合唱コンクールはいかがでしたか?