「騎馬戦=生きて帰れると思うな」
――帽子を取るか、尊厳を失うか。
体育祭の定番競技――騎馬戦。
普通の学校では、軽い取っ組み合いと勝敗を競う“青春のひとコマ”だろう。
しかし、我が中学校では違った。
騎馬戦は、
「生存率5割のサバイバルゲーム」
であった。
その中心にいたのが、またしても渡辺先生(仮名)。
あの男が笛を吹いた瞬間、我々の中学生活は、学校教育から近接格闘訓練へと変貌を遂げたのだった。
開戦前夜:戦(いくさ)の布陣
体育祭前の作戦会議。
普通なら「誰が上に乗る?」なんて和やかな話になるはず。
しかし、渡辺先生の初手がこれだった。
「おい、“上”に乗るヤツは、命を張れるヤツだけだッ!!」
軽いノリで「やってみようかな~」とか言おうものなら、
「その根性で戦場に出るな!!」とブチ切れられる。
「この競技は“騎馬戦”じゃない。“人間大戦略”だ!!」
…戦略って言ってるのに、脳筋の叫び声しか聞こえないのはなぜだろうか。
初日:地獄の「合体訓練」
騎馬戦練習1日目、「組んで立て!」という号令が響く。
チームメイトと組んで“馬”の構造を作ろうとするが、ここでも先生の怒号が飛ぶ。
「おい前衛ッ!!腰が低ぇんだよ、気合いで支えろ!!」
「後衛!!膝が震えてんぞッ!!根性が腐ってんだ!!」
人間性まで否定されながらの“馬練習”。
私は中腰姿勢のまま10分耐えさせられた結果、翌日からしばらく階段が敵になった。
戦闘訓練:落馬=死
渡辺先生が一番厳しかったのは、「落馬」だった。
一度でも上の人間を落とせば、
「命を預かった自覚がねぇんだな?じゃあお前が“上”になってみろ!!」
即、交代。
交代して登った私は、身長180cm・体重90kgの柔道部員を支える羽目に。
結果、膝が砕けそうになりながら崩壊。
先生は叫ぶ。
「馬が弱ぇのか!?心が弱ぇのか!?答えろォォ!!」
どっちも弱いです!!!!!!
本番当日:開戦の笛と戦慄
いよいよ体育祭本番。
全クラスの馬が整列するその光景は、もはやローマ時代のコロッセオ。
渡辺先生がグラウンド中央で叫ぶ。
「敵を討て!!騎馬を倒せ!!名誉を掴み取れ!!!」
そして吹かれる笛――
「ピィィィィイィィィッ!!!!」
その瞬間、全てが変わった。
グラウンドに響くのは、
叫び声、地響き、骨の軋む音。
帽子の取り合い?
そんな甘っちょろい次元じゃない。
襟を掴み、顔面に突進、足技まで繰り出される混沌の戦場。
「てめぇ!指入ってんだよ目に!!」
「蹴った!?今、背中蹴ったよな!?」
先生はそれを見て笑っていた。
「いいぞォ!!それでこそ“騎馬魂”だァ!!」
いやそれもう競技じゃなくて乱闘です。
激突!私 vs 生徒会長
私の上に乗っていたのは、身軽で俊敏なスズキくん。
相手は生徒会長率いる猛者集団。帽子には「不撓不屈」の刺繍。
「行けスズキィ!!魂を乗せろ!!」と叫ぶ私。
その時だった。
会長の馬が急接近、そして衝突。
ぶつかった瞬間、体から「ポキッ」という音が聞こえた(たぶん気のせい)。
結果、スズキくんの帽子が空中を舞い、敗北。
私は地面に倒れながら、見上げた空に誓った。
「来年は絶対、馬にならねぇ」
終戦後:評価と“反省の鉄拳”
競技が終わっても、渡辺先生の評価タイムは終わらない。
「お前の馬はグラグラしてた!つまり意思がブレてんだ!」
「落馬したヤツ、あとで職員室こい」
「逃げるなよ。これは“騎士の礼儀”だからな!」
その後、反省会と称して謎のビンタ指導(もはや様式美)。
私たちは何を学んだのか
普通の学校なら、騎馬戦で学ぶのは「協力」「団結」「冷静な判断」――
だが、我が校で学んだのは、
-
絶対に後ろを振り返るな
-
他人の命を背負ったら、膝に祈れ
-
競技中は目も鼻も犠牲になる
そして何より、
「先生の前では、絶対に負けを認めるな」
最後に:騎馬戦は青春じゃなかった
あの騎馬戦。
青春のひとコマなんて生易しいものじゃない。
あれは、「命のやり取り」だった。
渡辺先生がよく言っていた。
「帽子を取るか、魂を奪われるかだ」
――今ならわかる。
どっちにしても、心に傷は残る。
それでも先生は言うだろう。
「泣くな。戦場で泣いたら、相手に“情”が伝わる」
いや、もう少し優しさください。