水鏡ならば『楽に得る』を幸せなどとは絶対言わない。最上は、もはや自分の人生の一部となって存在する水鏡葉月を、例えそこから切り離してでも守りたかった。
そして力を強く切望したのである。それは昨日のような、人を灰にする力ではない。例え水鏡の心を失っても、強く生きて行けるような心の強さ、魔神としてではなく、人としての強さであった。
これだけの美貌だ。平穏無事に過ごせれば、得るものも大きい人生が彼女を待っているに違いなかった。自分は人間ではない。彼女とは違うのだ。そのうち、あんな事もあったと言って、あのデパートの屋上を思い出してくれる事もあるだろう。それでいい。
ふと視線を上げると、鏡の中の水鏡が最上の眼を見ていた。あの見透かしたような笑顔。そして眼だ。
「これを見てたのか」難しそうな顔で鏡を覗き込んだ彼女は「何かずるいね? 最上君て」と言ってクスクスと笑った。
そしてそれ以上、そこでは何も言わなかった。
最上の部屋は1LDK。とある住宅地で整備中の区画にある、エレベータ付き賃貸マンションの五階にあった。高校生にしては贅沢だったが、高校生活三年分の総生活費を予め受け取っていた為に、計算違いは許されない生活を余儀なくされた。最上は慎重だった。
「いー部屋だなあ、最上」
七海がダイニングキッチンの付いたリビングに眼を見張りながら、靴を脱ぎ、「お邪魔します!」と上がっていった。
白い壁と天井、フローリングの床が、二十畳程の部屋を包んでいた。玄関の右にはキッチンがあり、一人分の食器がステンレス製の篭に乾かしてあった。そして傍にテーブルと、セットの椅子が二つ、向かい合わせで置かれていた。
正面奥は二つの二人掛けソファーが、手前と左に背もたれを向けて置かれ、右のテレビと右奥でこちらへ向けられたオーディオ製品とで小さな木製テーブルを囲んでいた。
奥にはベランダがあるらしく、窓は足元までの大きなものだった。左手前は水場で、その向かいには和室があり、寝室となっている。学習机もそこにあった。