すると水鏡はすぐさま走り寄って、見た所会社員のような女の正面に立ち止まり足を揃えて深く頭を下げた。そして顔を起こすと厚く礼を言うのだった。
「どなたかは存じませんが、本当に有り難うございました」
ヘイラムは眼だけでそれをチラッと見やり、直ぐに最上に歩み寄って来たかと思うと、両肩をがしりと掴み、強く揺すった。
「まだ、思い出せないの? 時間が無いって言ったでしょう!?」
時間が無い? あの夢か! 最上は理解した。あれはヘイラムが意図的に起こした事象だ! どうやったかは知らないが、今となっては何故か確信が持てた。しかし、この女の言う『記憶』とはいったい…?
周囲が慌てて止めようと近寄ったが、最上も感じているこの強い威圧感を感じてか、二人を囲んで一旦立ち止まった。
しかし御柳が手をボキリと鳴らすと岩見もヘイラムの肩に手を掛けた。
「おい、あんた。その辺にしてくれないか?」
御柳はヘイラムに対して身構える。
「礼は言いますがね」岩見も怯まなかった。
「止めて下さい! 彼、今疲れているんです!」
水鏡はヘイラムの腕に組み付いて、最上から離そうとしたが、腕の力が足りなかったらしく、ベソをかいてしがみ付くだけだった。
ヘイラムは周囲に構わず深い溜息を吐き、更にその後、深呼吸を一回してその腕を放した。
「フフフ…」
ヘイラムの笑いは恐らく自棄(やけ)だろう。
「はぁ~…。まあ……いいわ」
今までは殆ど軍の将校のような口調であったが、女性らしい言葉も使うようだ。ヘイラムは、水鏡に向き直った。
「礼はいい。気にしないで」
そして、今度は最上にこう言った。
「いずれ全て理解する。動揺しないように」
ヘイラムは去って行った。