地下二階へ続くところは相変わらず暗いのだ。足場に注意しながら、壁伝いに進んでいくと、とうとう辺り一面何も見えなくなった。やはり無理だ。遠くに薄明かりが差し込んでいる。右手奥の、地下一階へ戻る坂道の上方に、僅かな地上の光が届いているに違いない。最上はその方向に向かって歩き出した。
地上の光、か? 思えば辺りは既に暗くなっていたはずだ。新入生歓迎試合が3―0で決着を見る頃には、夕刻だった。この駐車場は今、誰も管理していない。傍には光源も無いはずだ。最上は歩みを止めた。
それは妙な光源だった。何やら丸い光の中に、ゆらゆら蠢く模様が見える。よく見ると幾何学的な模様や、或いはアルファベットの羅列のようなものが、例えばコンピュータ処理中のディスプレイ表示のように浮かんでいるようだ。しかもそれは、人の歩行速度くらいでゆっくりと左へ移動していた。傍に人の手が浮かび上がっており、一見すると手の亡霊かと思えたが、どうやら誰かの手元にあの光が発せられているようだ。
右手奥より現れたそれは、正面奥を通り過ぎようとしている。最上は息を潜めて見ていたが、突然戦慄が走った!
光は真正面奥で止まった。そして次の瞬間こちらへ近づいて来たのである。浮かび上がった手の奥に、笑みを浮かべた口元から腹部にかけてが、照らし出されていた。それを見た最上が厳城大学附属高等学校のセーラーだと判断すると同時に突然の痛みが彼を襲った。
背に軟らかい感触があり、左から腹部へ、同時に右から両肩を抱き込むように両腕が最上の身体へ、絡み付いた。今にも両肩がへし折れそうなその強い衝撃は、かつて七海に腕を取られた際のそれに似ていた。次の瞬間、左の耳元で極めて湿度の高い音を聞いた。
「あかんわぁ、マズイもん見てもうたなあ、あんさん。しゃあないで、ウチに付きおうてや」
“もう一人いたのか!”最上は光に気を取られてまんまと捕らわれてしまったのだと分かったが、もうどうにもならなかった。
関西弁の声の主は、最上の左腕を片手で掴んで引いていく。左腕の激痛に絶えながらも表情には出さないように注意していた。
この駐車場は、地下四階まである。最上がそこへ続く斜面を下りだした時には、眼がかなり暗闇に馴染んできていた。