二  七海鞘邑

 電車通学は初めてだった。入学して一週間。高校生活も、気が付いてみればありきたりに過ぎていくのかも知れない。最上は駅から私立鳳凰高校までの道程を歩いていた。

「おはよう」

 明るい女の声だった。立ち止まって振り返ると、背中まであるストレートの茶髪。足首の上一〇センチメートル位までの丈のあるブレザーのスカート。入学式の当日、最上を見ていたスケ番が、左手に持ったバッグを、肩越しに下げて、まるで昔から知り合いであるかのような清々しい笑顔で歩いて来る。傍で立ち止まった彼女からは、先日感じられた違和感も消えて無くなっていた。

 七海鞘邑(ななみさやむら)。変わった名だ。

「おはよう。七海さんで良かったか?」

 自分の事を、比較的取っ付きにくいタイプだと思っていた最上は、女性に声を掛けられて、正直少し驚いていた。

「鞘邑でいいよ」七海は最上の左に並び、右手で何かを払い除けるような仕草でそう言って歩き出した。

「ねえ、あんた何でサッカー部に入んないのさ? 好きなんだろ?」何かを期待するような七海の言葉が、最上の胸に眠る強い未練を揺らした。

 それにしても随分砕けた奴だと思う。話し易いタイプだ。『女の子』を意識して気を使う必要のない女子高生。言ったら怒るだろうか? そう、怒れる七海は危険である。先日の自己紹介でも―――

「趣味はオカルト関係です」

「オカルトぉー!!」七海の自己紹介に皆が驚きの声を上げる。「あの出で立ちでオカルトかよー」「変な宗教じゃないのー?」「やだー『喧嘩上等』とか言いそうなのにー」酷いものだ。

 岩見と御柳が一瞬きょとんとして、互いに顔を見合わせたかと思うと振り返って最上を見た。最上はこれが大嫌いだった。

「フン、この民政国家では一人の趣味まで、会議でもして決めるのかよ…」

 最上の呟きを最後に七海は怒鳴った。

「るせぇーな! 別の趣味も聞きたいか! ええ?」

 とたんに水を打ったような静けさが教室を支配した。『期待を裏切らない趣味もある』と彼女の眼はそう言っていた。やがてきょとんとした担任が押し出すように言った。

「…お…オカルトなら、私も少し…」

 その瞬間、全員がバタっと担任を凝視した。桜木はそれをきょろきょろと見回している。七海はすぐに向き直ってから、ニッと笑った。

「ヘヘン…」

 七海は席についたが、次の紹介が始まるまで暫時沈黙が支配していた―――