今日は、月にいちどの
歌会
(短歌の)
に
行ってきました、ゴーディーです。
今日とっても面白い短歌に出会ったノデ
紹介致します。
「家壁を塗り替えませうと妻が言ふわが過去のしみ消せませぬゆゑ」
~BY 外 須美夫 サン 歌誌「かりん」05年10月号より抜粋~
おぉぉぉぉぉ。
なんというか、すごい。すごい。すごい。www
私には、愛情と皮肉たっぷりの歌に思えるのですが、皆さんいかがなモンでしょう。
歌会でも議論の的になっていたのは、
「わが」過去のしみ・・・の、「わが」とは、
夫のことを言うのか
妻のことを言うのか
どっちなんだろう、ということ。
私なりに解釈してみたのは・・・、
仮に
かぎかっこが、このように入っていたら・・・
「家壁を塗り替えませう」と妻が言ふわが過去のしみ消せませぬゆゑ
わが過去のしみ とは、夫の過去のしみ ということになり、
反対に、このように入っていたら・・・
家壁を塗り替えませうと妻が言ふ「わが過去のしみ消せませぬゆゑ」
わが過去のしみ とは、妻の過去のしみ ということになりマス。
短歌というものは
ひとたび作者の手を離れると、ひとり歩きして
その解釈は読者に委ねられるもの
なので、
どちらに解釈してもいいのデス。
皆サンはどのように解釈シマスカ?www
ところで、
過去のしみ
とは、何デショウ。
夫婦といえど、
お互いの何から何まで全て把握していて
すべてわかりあっているわけではありません。
その、わからない部分、把握できていない部分があるからこそ
魅力的であり、同時に不安が募ったりもするのです。
だけどそれを愛というものによって補いあっていくのが
夫婦(または恋人)というものなのではないでしょうか。
大人になっていくと、
すべて知ること のみ が 真実ではないということに気づきます。
ときには、相手を思いやるからこそ
言わない ということもあり、
またそういう気持ちが 嘘 というカタチとなってしまうこともあります。
俵万智さんの歌にも
「今までに私がついた嘘なんてどうでもいいというような海」
という歌がありますが、
嘘とは決して相手を裏切るためだけの手段ではないのです。
相手を想うあまり、愛するが故に
つく嘘だってあるのです。
だけど、やっぱりそこには多少の後ろめたさがつきまとう。
それでも、それは愛があるが故になせる業なのであって・・・。
きっと
そういうことが
わが 過去のしみ という一語に
凝縮されているのではないのでしょうか。
だからこそ、この歌は
たっぷりの愛情と皮肉に溢れているのです。
と、わたくしゴーでィーは勝手に解釈しますた。w
(深読みし杉ですかね?ww)
う~ん。
素敵な歌だ。
ちなみに
作者の 外サンが
「うちは夫婦円満です☆」
と笑顔で仰っていたのがとても印象的でした☆★