審 判 | ナベちゃんの徒然草

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還暦を過ぎ、新たな人生を模索中・・・。

今日は、〝プロ野球史上に燦然と輝く(?)名セリフ〟を残した審判の命日にあたります。 その方の名は、


 二出川 延明 


・・・と言われても、若い方は殆どご存知ないと思います。 

それもそのはず、彼が審判として活躍していたのは1963年まで。

私も彼の現役時代を知らないんですから。汗


1901年、兵庫県に生まれた二出川氏は明治大学卒業後、大阪のクラブチームを経て大日本東京野球倶楽部(巨人の前身)に入団。 初代背番号1をつけてプレーし、翌年のアメリカ遠征では副将を務めました。


そして名古屋金鯱軍に移籍し、引退後に審判に転身します。


1960年にパ・リーグ審判部長を務め、3年後に引退。 

1970年に野球殿堂入りし、今からちょうど20年前の1989年10月16日に88歳にて天寿を全うされました。

        
               ウォームハート 葬儀屋ナベちゃんの徒然草-二出川延明


の二出川氏・・・選手時代の成績は地味ながら、審判としては様々なエピソードを残しています。


彼は日本プロ野球史上、初の退場を宣告 (※東京セネタース・苅田久徳選手) した審判としても知られていますが、誤審をした翌日の新聞にその証拠写真が掲載された時も、呼び出したリーグ会長に向かって


「それは写真が間違っています。」


と言い放ったこともあるそうで・・・。驚き顔 ス、スゴイ!


そして、〝不滅の名セリフ〟が飛び出したのは、1959年7月19日の大毎オリオンズ対西鉄ライオンズの一戦。


微妙なクロスプレーでセーフの判定を下した塁審に納得できない三原監督が、審判控室にいた二出川氏に 「ルールブックを見せろ」 と抗議した際に発せられたのが、


「俺がルールブックだ!」 怒


さすがの名将・三原監督も、10歳年上の二出川氏にはそれ以上食い下がることができなかったそうですが・・・実はこの時に限って、二出川氏は自宅にルールブックを忘れていて出すに出せなかった、という裏事情があったというところは、なんとも微笑ましいです。


またある時、ド真ん中のストライクをボールと判定し、抗議したピッチャーを


「気持ちが入っていないからボールだ!」


と一喝。ダメだぁ顔 ソンナムチャナ・・・ 


ところが、言われた投手がその言葉に感銘して、以後手抜きをしないようにした・・・という感動的なエピソードまであるとか。


プロ野球界では審判の権威の低下が言われて久しいですが、昔はこんな毅然とした方がちゃ~んといたんです。


古き良き時代だった・・・と言ってしまえばそれまでですが、ビデオ判定にはない人間臭さがいいですょネ。


一時、「好プレー・珍プレー特集」 の常連、〝ム・ラ・タ・だ!〟でお馴染みだった村田康一氏のような名物審判もいましたが、現在では残念ながらそういう個性的な方は見当たりません。


選手だけでなく、ホネのある審判が何人か出てくれば、プロ野球の面白さも幅が出ると思うんですが・・・果たして二出川氏は、草場の影でどう思っているんでしょうか? 笑2



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