発達障害の回想 [ Memories of a man with Developmental disability ] -2ページ目

発達障害の回想 [ Memories of a man with Developmental disability ]

ある発達障害者の経験を記録するためのブログです。
散文で記載していくので、順番通りではなく、エピソードを連ねる形式になります。
私は最近の検査の結果、発達障害と診断されました。それまで20年ほどは他の精神疾患の診断を受けていた経緯があります。

 高校生活は過酷の一言に尽きる。それ以外の感情を抱く余裕もない。朝7時半から授業が始める。バスで通学する者としては6時半にはバス停に立っていなければならない。抱えているカバンはふたつに分かれてそれぞれが充分な重力を受けている。手首とひざが軋む音が聞こえてくるようだった。振り返っても不思議なのだが、よくぞこんな通学を3年間続けられたものだ。

 結果的には多くを失いながらも高校を卒業している。それを幸とするか不幸とするかは別問題として、通過することができや事実は揺るがない。

 

 私は過去の記憶が忘れられないという、奇妙で厄介な特性を備えている。この能力が発揮されるのも、この高校生活においてであった。

 

 ある教師が言った言葉を忘れることができない。

「おまえたちは人間じゃない。ゴミと同じなんだ。大学に合格し、良い仕事についてから初めて人間になれるのだ。おまえたちは今はゴミなんだ。」これは一言一句の間違いもない。鮮烈に記憶している。この言葉が発せられた時の情景も、その言葉を叫んでいる教師の表情も覚えている。高画質で脳内再生することができる。音質も申し分ない。

 

 テストのたびに殴られた。竹刀で頭を、ゲンコツで頭を、平手打ちで顔を殴られた。合格ラインに達していないその差によって何回殴られるかが決められていた。このペナルティを宣言する教師の顔はやたらと得意げに映って私の記憶に刷り込まれている。殴られた痛みとそれ以上に付随してくる屈辱も記憶している。この感情も忠実に再現することができる。厄介なのは、感情は時を経ると、より強化される性質があることだ。

 

 高校で教わった最大の教訓は、人間をコントロールするには暴言、暴力が最大の効果を発揮することだった。とてもシンプルで使い勝手の良い教訓である。だが、私は自分の生活の中でこの教訓を活用したことがない。これほどシンプルで当然の原理でも、人生の役に立つとは限らない。しかし、世の中を見渡してみれば、この暴力の原理を利用しているものばかりが目立っている。学校教育の効果は抜群なものだ。

 

 一般に人々は、高校だとか大学だとか、その先にある就職だとか、自分たちの将来についての情報をどこから得ているのだろうか。私はついに見つけることができないでいる。私に欠けた重要なもののひとつには、こうした未来についての情報の圧倒的な不足である。これらの情報をいっさいに得られずに一般社会を生きていかなければならない。どんな形であれ、情報弱者というものはハンディキャップの中でも最たるものに位置する。

 

 それとは気付かないままに情報弱者として人生の階段を昇り続けることになってしまった。その結果が常に生じる不適応の根源である。どんな手段であっても良いから情報を得ていれば、ある程度の準備や、もっと洗練された選択ができていたであろうにと後悔している。これこそが「無知による悲劇」と呼ばれる酷い類いの現象なのだ。悲劇を連続して経験してしまうと取り返しのつかない失敗につながる。やはりどのように足掻いたところで、公開の念を抱くことしかやるべきことが思いつかない。

 

 尽きるところ、私には受験勉強そのものが理解できなかった。大学入試を意識的に模したテストで点数が取れるかどうか、あるいは暗記テストで合格ラインに達するかのみに価値観が注がれている。それ以外のものは蛇足でしかない。まったく評価の対象にはならない。そんな進学校というコミュニティはある種の宗教団体だった。信じるものが異なる異端者は徹底的に排除されてもそれが正義とされる。そこから科学的だとか理知的な説明を得ることはできない。

 

 具体的に私のみ起きたのは、成績の大急降下だった。

 高校入学前に一年生のクラス編成を決めるためのテストが行われた。このテストは高校入試と同程度のレベルのテストで、出題範囲も同じである。そのテストで優秀な点数を取り、成績上位者のクラスに入ってしまった。1クラス40人で一学年8クラスだったから、約320人の生徒がいる。みんな大学入学を目指すような人たちの集まりでもある。その320名のうち2つのクラスが優秀者のクラスとして構成され、大きな期待を受けるクラスとなる。つまり私は上位80位には軽々と入ってしまっていたのだ。それがこの先の不幸を暗示していたとは誰も考えまい。

 

 そして入学して直後に再び実施されたテストで、学年順位で311番目になった。ほぼ300人抜きに近い現象が起きた。この入学直後のテストというのは、中学卒業式から高校入学式の間に課された宿題から出題されるものだった。完全に独学で対応しなければならないテストである。特にひどかったのが数学で、これは公式を覚えていなければまったく手が出ない。

 ここに私も苦手なことが集約されたのが不幸の始まりなのだろう。私は単に教科書に載っている公式を見ただけではまったく頭に入ってこない。その意味、論理を理解しなければ覚えるという機能が働かない。よってテストはあてずっぽうの数字を答案用紙に書くだけとなった。

 もうひとつは国語のテスト。主な課題として百人一首のうち20首の丸暗記を求められた。私には無理だった。いや無意味なことだった。

 ただテキストに書いてあるやまと歌を暗記するという行為自体が理解できない。だから取り掛かることすらできない。古文読解の経験のない高校生未満ではやまと歌の言葉の意味、和歌そのものの意味はまったく知らない。テキストは古文の単語の意味は解説しているが、私はその意味不明な単語の意味をつなぎ合わせたものを文章として認識できない。まだ授業が始まっていないのだからノーヒントであり、古文という雰囲気のような感覚も体験できない。ただ「覚えなさい」だけでは私は動けない。

 

 高校というところはこんな個人の思惑や感情、特性などは完全に無視する教育機関である。進学校は目的が大学入試に絞られるため、余計なものは排除されている。だからその傾向はより顕著になる。その結果として私の成績は最後尾に位置することとなった。進学校の教師は大変そうでもあるが実に単純でもある。点数や学年での順位という数字をもとに生徒への接し方を決めれば良い。実に簡単に私は落ちこぼれになった。教師は落ちこぼれとして接してくる。方んとうに単純としか感じようもなく、それ以外に考えなくても良い存在となっていた。

鬱屈した文章を書き連ねることも相当なエネルギーと健全なる精神を浪費してしまいます。そこでなかなか自分の生活実態を語らない私が、気分のマイナスとプラスを作り出すために、ちょっとコラム的に書いてみます

 

 私が七難八苦の一日をどうにか乗り切るために実践していることを書いてみます。それを「エネルギーの深呼吸」と自分なりに命名しました。

 

 私たちは常に周囲からなんらかの刺激を受け取っています。感覚器官からはもちろん、自分の考え出したもの、つまり想像や、さらに発展した妄想、現実に起こった過去の記憶からも刺激を受けます。寝ている時でさえ夢からの刺激を受けています。

 

 そこで刺激を大きく2つに分類して、自分の心境にあったものと全く逆のものを考えます。私は厳しい一日によって疲れ果て、鬱々した気分になっています。

 まず自分と同質の刺激によってエネルギーを内側に溜め続けます。意図的にストレス状態、緊張感を高めます。

 その後に外向きの刺激を求め、エネルギーを外側に瞬発的に放出します。

 「エネルギーをゆっくりと溜め、エネルギーを大きく放出する」

 リラックスする呼吸法に似ているので、エネルギーの深呼吸と呼ぶのがわかりやすい。

 

 実際には、帰宅して疲れている時にあえてネガティブな情報を仕入れます。だいたいニュース、特にネットのニュースでは怒りの刺激が大人気で常に手に入る状態です。それらを読むだけでも相当なストレスを溜め込めます。

 

そ の後に外に出て広い空間を見つけ、ランニングとダッシュや筋力とレーニンングといった持久力と瞬発力を爆発させるような種類の運動をします。その時の状態によりますが、ある程度、体力的に自分を追い込めれば成功でしょう。

 

 こんな感じで、静と動のギャップができるだけ大きくなるような行動をとることにしています。あとに残る筋肉痛は厄介ですが、気分や精神は切り替えられているように思います。