何か特別な事情があるのだ、というように眉間に皺を寄せ左目を閉じ、ちくわをもう片目に当てたまま商店街のなかを進んで行く。


 赤の他人を(というより親密な身内であっても)穴から覗くというのは何かデリカシーに欠ける気がするので下の方を重点的に視察していく。すると電柱の足元に放置された犬のフンを発見したので近づいてみる。


「あっ」


 ハエだ。
 フンに1匹のハエがとまっている。


「あっ」


 思わずちくわを目から離す。ハエの止まったフンのすぐ横に、忘れたとばかり思っていたランチ用の箸が落ちていた。

 今朝どんなタイミングでそれがここに落ちたのかは全く見当もつかないが、十四粒入りの眠気覚ましガムの空きケースに裸の割り箸を突っ込んでいる人は足立区広しといえど多くはないと思うので、おそらく僕のものだろう。


 そんな慣れ親しんだ箸袋に一瞬手を伸ばしかけたが、よく考えると拾うほどのものでもないなと思い直して再びちくわを目に当てハエを観察する。


 ハエはウンチを食べているのか舐めているのかただ戯れているのかはわからないが、まだ水分を含んでおり息を止めたくなるほどには臭いこのウンチもハエにとっては、少なくともこうしてリラックスして留まれるくらいには良い匂いなのだろうと思い、そうとなるとハエにもちくわの目があり価値観があるのだなという新たな気づきを得た。


 箸袋のことはすっかり忘れて顔を上げ、引き続きちくわパトロールを行う。

 奇妙な感覚にハマり夢中でキョロキョロしていると、やがて穴の中に見知ったカタチの人間が入ってきた。ゆずポンさんだ。

 かなり離れているが穴は遠いこそよく見えるようにしてくれる。


 行きつけの銭湯「へその湯」から出てきたゆずポンさんはスマートフォンを見ながら自宅アパートの方へと歩いていく。

 もちろん僕も同じ方向に家があるわけなので、そのまま後をついていってみることにした。それがどんなに不審であろうとも、目の前でちくわは握りしめたままだ。


 ひとつの標的を「額」のなかに収め続けるのは案外簡単ではない。


 ゆずポンさんと僕の間に大柄でありながら臆病な猿のような顔をした男が妙な蛇行をくり返しながら歩いていたので、ゆずポンさんの跳ねるショートカット頭は度々その男の背中に隠されてしまったのだった。