夜もふけて、何を書き始めたのか?と、どなたかはおっしゃるでしょうね、

実はずっと前から憤りを感じ、どこかで発散しなければならない感情を今書き出すにいたっただけなのです。何気に生活しながらでも、食事しながらテレビを観ていて急に現実へ引き戻されては取り留めもない文章が、頭を駆け巡っていました。



頭の良いとされる方々が、これが一番最良!などと、世間に訴えることなどに、

あんまり良い印象は持ち合わせてはいないワタクシめは、

ニュースになる方達の一語一句がシラケて聞こえることが多い。

国と国との外交にしても、腹の探りあいで、妥協点を見出せれば幸い、さもなくば泣き寝入りせざるを得ない。集団的なんぞやなども、考えれば考えるほど可笑しな話。


だって・・・・・争いに必要な武器を製造販売し、自国でご注文を承りながら、いざ、紛争が起これば、同盟国とする日本へ一緒に戦いましょう!と、いけしゃーしゃー、のたまっている。




そんな理不尽さを懐と、脳みその隅っこを追いやり、これが現実なのだと妥協する。

その先には、ご自身の理想があるのか?それとも単なる損得感情の化け物なのでしょうか?

そうやって、なし崩しに何もかもが決まっていくのです。


別の社会の誰かさんは、何を理想としてあれを訴えたのでしょう?

また、あの彼は、それが世界の為だと、今でも信じて決めようとしている。

不思議なもんですよね・・・・。




人間は、心のどこかで平穏を嫌って生きている。

争いこそが、人生における調味料。

何もいざこざの無い世間に、面白みを感じない生き物なのです。

どこかで争いや、ドンパチを望んでいるのです。考えてみて下さい。

ハリウッド映画も、日本のエンターテイメントも、アニメでさえも、殺人を基本としています。

誰も・・・・・お花畑で愛を語り合うドラマなんて(笑)観たくないのです。


どこかでアドレナリンの放出を望んでいる。興奮を望まない人間は・・人間じゃないの?

お花畑が存在しては、いけないのでしょうか。




真夜中にこんな文章、誰が呼んでくれるのでしょう。

あ・・・やっぱり、どこかで発散せねば、なるまい。

いつからだろう?どなたにも聞いてもらえそうに無い小難しい話を考えるようになったのは。


あ・・・やっぱり、どこかで発散しよ。