□ビースト機(カッチェボンズ)
嵐の前の静けさか、まるで機内は幽霊船のような静けさだ。
「オモシロイことになってきた」瞑想の中にイメージを受けたカッチェボンズはそう言って舌舐めずりをした。
中世ヨーロッパの王が座した玉座と見間違えるほど、豪華な操縦席でカッチェは呟いた。マッカスヒューは宙に浮いた操縦席を見上げるようにして佇み、孵化したばかりのキメイラ数体と共に大きな電脳モニターを眺める。
キメイラはカッチェとマッカスの遺伝子を組合せ、適合培養されたクローンに、かつて地上に生きた動物の遺伝子を継ぎ足した戦闘怪物だ。
カッチェにとってそれが蠢く光景は、皮膚を流れる汗や分泌液や排泄がなされる有り様と代わり映えしない。伸びた爪や指先が便利に殺戮を繰り返しているくらいにしか想ってない。
「左舷約5キロ方向、上空3000メートルからエヴァーダ機接近中…地上2.8キロ後方からはWG 軍のバキーが…現時点、30ほど」そう告げた後、マッカスは…甘えてきたキメイラ幼体の頭を然り気無く撫でた。
………………
□オクトパス(エヴァーダ機)
「前方にビースト反応があり」メインパイロットのジョルジオが告げる。
《何体だ》スパイダーとは常に交信状態のまま、モニターに映るマイルズが訊いた。
「ざっと探知出来た数は25です」
《………ナニ?まだ増えるとでも言うのか?》まるで調査した数と合わない。
「…報告受けた数と違いますね」沈着冷静なツァイが言った。
「大人は二人だよ」突然、旬が喋り出した。
《それは?どういうコトかな》マイルズが旬へ視線を移した。
「だいたいは…生まれたばかりの小さい怪物だよ。でもね…」
《でも?ナニ?》
「…すぐに大人になっちゃう」
《すぐって…どれくらい》真剣な表情で訊くマイルズに、ツァイたちは訝しげになる。マイルズは旬が単なる子供ではないと知っている。
そのツァイたちの感情をキャッチした旬が、おもむろにツァイへ振り返ると「太陽が沈むと…大人みたいに大きくなるよ」
マイルズが変移型座標計を確かめた。《日没……あと35分》
「隊長?」操縦モニターを眺めていたジョルジオが、子供の言葉に左右されるのかと疑惑に満ちた表情になる。
「シュン、」これ以上喋るなと旬に目配せする武光。
《ツァイ》
「ハイ」
《ここでビーストを迎え撃つシュミレーションをAI に作らせろ》
「隊長、無茶です」ジョルジオはタイムリミットに忠実だ。
「今ここで戦闘を起こせばまるっきり単独です。全て水の泡になりかねない」ツァイまでが本気で食い下がる。
《このまま戦わずにすり抜け、目的地直行か…どうする?タケミツ》
「たぶん」武光が言いあぐねる。
《カイドウ、君はどう想う》
「探査AI の概算データではおそらく…ビーストの中でも手強い相手だと想います。しかし、放っておいて…敵の数を増やすのであるならば、多少なりとも打撃を加えておく…それも手かと」
《だから?》
「私が行きます」海道には口外出来ないそれなりの考えがあった。
「無茶だよ、素人じゃないか」ツァイは少々嫌味な態度をした。
「ここでまごまごしてる場合じゃない、先にやるべきコトがあるだろ!」ジョルジオは正論を言う。
「も、もちろん僕は素人だけど、科学者として直感的に…想うんだ」
「直感って?!有効な戦術でもあるのか?」
「………無い」取り敢えずそう答える。
「お前、のこのこ出て行って殺られるのはコッチだろ?」ジョルジオはやや融通の利かない頑固者だ。
「オネェチャンはどうなるの?!」自分がきっかけだなんて、いつの間にか忘れてる旬が言った。
「僕だけを下ろしてくれればいい」意を決して海道が告げる。
「カイドウ、それは無理だ」武光が言った。
「ナゼ?!」武光にまで反対されるとは想ってもみなかった。
「演習ならともかく、お前はまだ実験レベルだ、結果…お前が死ぬだけじゃ済まない。国家的にNGなんだ」武光は海道を死なせられない使命感にかられる。
「…信用度ゼロか」海道が意気消沈する。
「違うっ、俺たちはチームなんだ!戦うならチームでだ」武光は埋め合わせるように言った。
「ならコッチのミッションはどうなる、スパイダーは直に到着するぞ」ジョルジオはチームが散り散りになるのを拒んだ。
「俺がカイドウと降りよう」ふと、口数が減っていたツァイが発した言葉。
「ツァイ?」ジョルジオは耳を疑った。
「カイドウの意見にも一理ある」理詰めのツァイが、直感を信じた。
「根拠を言ってみろ」ジョルジオはチームを乱された気分だった。
苛立つジョルジオを一度宥めるような視線を投げるツァイ。そして「ビーストは、それぞれに特種な能力を持っている。ビーストが全員集まるということは奴らの勝機が増すということだ。だから片割れ状態の今が、ダメージを与えるにはチャンス。ましてや予測違いに敵の数が増えるとなれば、もっとも効果的な攻撃手順になるはず………そう想うのは自然だと想う」
「そういうコトです」海道はアーマノイドの頭を“こくり”と下げたが、海道のそれは違っていた。
「んん………」ジョルジオは納得せざるを得ない。
《タケミツ、決断しろ》
「ハイ…」
《どうする》
「二人に…賛同します」
「タケミツ、娘さん…待たせるな」すかさずツァイが言った。
「………」武光はハッとして旬を見た。旬は武光を悲しげに眺めていた。
「娘さんを救うことで、次に繋がるんだ。頼んだぞ」ツァイが初めて笑顔を見せた。
「………すまん」
《ヨシ、ツァイとカイドウはビースト機を頼む、決して深追いはするんじゃないぞ》マイルズは戦士に告げた。
「ハイ!」「了解しました」ツァイとカイドウはマイルズに敬礼したあと、転送ブースへと移動した。
………………
新型アーマードスーツに身を包んだツァイとアーマノイドのカイドウが並んで座る。転送コードの呼び出し音が…30秒後の着地点を予告した。
「ホントにダイジョウブか?初めてなんだろ?」ツァイはカイドウに向くことなく訊いた。
「……ダイジョウブって言っても…信じてくれないよね?」
「そんな震えてたらな…」アーマノイドの脚がカクカク震えていた。
「あ、ここまで忠実に感情をアウトプット出来るなんて…科学者冥利だよ。んん……でも戦うの、これが二度めだよ、ホント」
「あぁ…聞いた。それがきっかけなんだろ?その身体」
「なんだ、知ってんだ」
「知ってるさ、知らないでついて来れるわけないだろ?」
「エ?」
「お前とならいいコンビネーション組めそうだ」
「あ、あぁ、アリガト、頑張るよ」
“15秒前………転送コード88%”虹色のレーザーが二人の全身をくまなく読み込んでいる。
「いいか、相手は化け物だが基本人間だ、」ツァイが強気な口調で言った。
「うん…」
「だが迷う間なんて無いほど人間離れしたスピードで奴らは襲ってくる」
「解ってる」
「到底…致命傷を与えるのは不可能だと想うが、多少のダメージは与えられるはずだ」
「解ってるよ」カイドウの震えは止まっていた。
じっと見つめているアーマノイドのモニターにカイドウの優しげな眼が映っていた。
「…………すまん。恐がっているのは俺の方だ」ツァイは見透かされていることに気づいた。
「解ってた」カイドウは微笑んだ。
“転送コード98%…ブロード開始、5.4.3.2.1転送します”
単調なAI の声がすっと遠退いた。
continued