□RS (トランスプランルーム )
「ハカセ」衣服を纏わない姿で横たわっていた海道が口を開く。
これから始めるトランスポーション手術のチェックをしていた橋場が「なんや?恐ぁなったんか」と、モニター画面に映る海道に向かい冗談めかす。
「いえ、むしろ晴れ晴れした気分です」モニターに写し出された海道が笑った。
「ほぉ…潔いやないか?いつの間に男らしゅうなったん」
「人は学習するんですよ」前によく見た海道の膨れっ面だ。
「おぉ、懐かしぃの、その顔久々…」また冗談めかそうとする橋場が突然口ごもった。
「どうしたんですか?」想わずカメラから視線を外して橋場の様子を窺う。
橋場は背中を向けたまま動かない。
「何をしようとしてるんですか?!」隔てた向こう側に早瀬の声がした。
「え?どうしてココに」目の前に立つ早瀬のエーテル体に驚いた。
「カイドウくん、アナタ、何してるの?」早瀬は海道が素っ裸で居るのにも頓着していない。
「あはっ……あぁ」叱咤する早瀬は昔のままだ。
「ハカセ?!」思いがけず早瀬は取り乱し、橋場を睨んだ。
「早瀬くん落ち着け」
「こんな人体実験してもらいたくありません!」
「早瀬くん」橋場は宥める。
それでも興奮が冷めない早瀬に対し橋場は一気に息を吸い込むと「早瀬!!えぇ加減にせぇ!これはお前の為に海道が決めたコトや!」これまでにない大声を張り上げた。
「…………なんで?…」早瀬は振り乱した長い髪の毛を垂らして項垂れた。
「お前も知っとるはずやぞ、海道の気持ち」
「………私、私なんか」
「お前も人として生きる権利はあるんやぞ?たとえ…クローンでも」
「早瀬さん」
早瀬は海道に振り向いた。
「早瀬さんは早瀬さんです。同じ空気を吸って同じ時間を過ごしたでしょ?僕の目の前に居たのはオリジナルの早瀬さんなんです…」
「ミシェルかて、ホンマはしたくてした事やない。必要に迫られやむにやまれず、ああするしかなかったんや、お前だけが罪をかぶって苦しむのも……もう終わりや」
「ミシェルのコト…実流樹に言われた時、全身が震えました。彼女が私に憑りこんできたコトで、ミシェルの思念が復活して…過去の記録が一斉にインストールされたんです」
「ほぅか…要らない過去まで背負うてしもぅたんか」
「過去にいったい何があったんですか………実流樹ちゃんの記録は真実…なんですか?」聴きたくはないが聴かずにはいられなかった。
「…今は言えない」早瀬はたどたどしい唇をやっとのことで動かした。
「ギャクサツした…って本当ですか!?」海道は動揺した。
「あれは…虐殺やない。頼むわ海道、今は聴くな」橋場にも身に覚えがあるようだ。
「ミシェルと…」早瀬が話始めた。コンマ何秒遅れてエーテル体が口を動かす。
橋場は早瀬の心に共鳴していた。
「ミシェルの父マイクサンダー.アダムスは」息を吸い込む早瀬。「人類を救う為に…タブーの人体実験に手を染めた」
「…人体…実験?」海道は最後まで聴いていられるのかも分からないくらい気弱になっていた。
「WG になる前のアメリカは、気候変動と、それに影響を受けた人間の異常行動で死人が続出していたんや…その数年前からボーダーラインを想定していた政府はすぐにマイクサンダー.アダムスとミシェルN.アダムス父娘へある研究を依託した…」
「それは……優位人種のリ.トランスポーション」
「選ばれた人間だけが生き延びる世界や」
「………なんてこと…」
「そのカムフラージュに、あの政策は打ち出されたんや」
「アダムス氏は今どこに?」
「…………もうこの世にはおらん」
「………やっぱり」海道は唇を噛んだ。
「正確に言えば…アダムスは脳の状態で生かされ思念体として存在させられた。常にアダムスが生きているかのよう世間に想わせる為…ありとあらゆるモノにアダムスの思念をインストールしては姿無き実体を世界に思い込ませていった…」
「そういう事か」そう言って海道は瞼を閉じ、そして「その脳って、もしかして!」と想いたつ。
「……キサルにあるの」
「それを最初から解ってて?」
「全然…過去にそんなコトがあったなんて想いもしなかった、ただ純粋に…助けに行きたかっただけ」
「ところが、宿命は残酷や…これが因果応報っちゅうもんや」
「バックスが言ってたわ…自分がアンドロイドになるのに必要な人材を自分で選んだんだってっ…」早瀬は泣きそうなのを噛み締める。
「鯛我小夜子は早瀬くんとミルちゃんを出会わせるタイミングをずっと前から仕組んでいたらしい」
「CSXはそんなにスゴい能力なんですか」
「…正直、未だに全貌が見えてへん」
「あの能力は…ゼブリンが関わっているわ…きっと」
「あの小さな隕石が…」
「あれが人類に不幸をもたらしたのは否めない。それによって能力に目覚めた人間が、人の心を丸裸にし、自らに毒となる者を淘汰しながら国々を孤立化させていった」早瀬はいつしか呪文のように語る。
「早瀬くん、大丈夫か?」異変に気付いた橋場が言った。
「え、えぇ、大丈夫です」早瀬は額のボーダーキープに触れ、気を落ち着かせた。
「無理しないで」
「いいの、この記録が消失する前に話しておきたいから」見るからに早瀬の体力消耗が激しい。
早瀬はしきりに呼吸を整えようとしていた。余計に上下する両肩がゆったりとしたリズムになると、透明な瞳に何かしらの影が映る。「2093年…」早瀬が続けようと語り出して、また息を整える。
数秒、深呼吸して「彼女はCSXを発症した時から…人類の間違いに気付いていた。 だからそれを阻止出来る仲間を必死で…探したの」いくらか冷静を取り戻した早瀬は言った。
「当然、高い出力の念波や…アダムスも鯛我小夜子の存在に気付かんはずはない」橋場が何気無くフォローする。
「ミシェルとアダムスは…鯛我小夜子を、見付け出す為に、組織を使った…研究に取り入れようとして」
「オタツさんも…その時?」
「セレーヌ達川…彼女は日本人とフランス系アメリカンのハーフだった。とても品が良くて…可愛らしいヒト」早瀬は少女の頃のオタツを想い出すと、力ない顔で、見たこともない魅惑的な笑みを浮かべた。
「世界が、言語を共有する為に…オタツさんの能力が必要だったって…」
「そう。セレーヌは他人の思念と…まるで周波数を調節するように会話した。他国の人間と、自由に意思を疎通させる能力がずば抜けていたから…彼女の脳をクローン技術で複製出来れば、言語の隔たりが無くなる…そう想った」
「目論見どおりに世界は変わったね…」海道は哀しげな顔をした。
「人間は…“バベルの塔”以前の人間に戻った」
「…………バベルの塔はいつか崩れ去る運命や」橋場が言った。
「バベルの塔……」早瀬は力尽きるように消えた。
……………
「急がなアカンようやな」橋場は海道を見た。
「…………ハカセ」
「………もうえぇんか?」
「はい。早瀬さんを…必ず元に戻します」
「ワカッタ」橋場がBKPを操作すると、海道の肉体が揺らめき出す。陽炎のようなそれは…やがて白い海道のエーテルとなって離脱しようとしていた。
一瞬苦痛を面に出した海道は…段々と穏やかな表情になると完全にエーテルは肉体を離脱し、隣のブースに眠るアーマノイドの身体に織り重なった。
continued