□ATI




「お嬢が呼んだのか?」サムが“お嬢”などと呼んだのは初めてだった。


実流樹は、一瞬戸惑いながら「い、いえ…ワタシは呼んでません」サムの馴れ馴れしさには抵抗感があったが、敢えて彼の心情をサーチングしようとはしなかった。



「そこの…バックスさんもよ、眠りこけたまんま動かねぇし、お前は何考えてんのか…よくワッカンねぇし」サムがバックスに視線を移した。



すると「…無駄なエネルギ―は使わない。ワタシが動くと敵も動く……」バックスはそれだけを告げると再び停止した。



「バックスのエネルギ―波は独自性が強くて、キャッチされやすい」おもむろに振り向いた早瀬が言った。




「サムさん!少しミルキに冷たいです」さっきまでの流れを気にかけていたサイモンが操縦席から声をかけた。



「んなこたぁねぇよ」サムはわざとふんぞり返る。


「わ、ワタシのことは気にしないでください、サイモンさん」実流樹が慌ててその場を取り繕う。




そんな話の流れを、まるで他人事かのような振舞いでふとレーダーに目をやったサムが「おっとぉ、厄介な状況たぜ…」と、口走る。


「あれだけ低空飛行じゃ…罠に賭けられに来たようなもんだ」それに答えるみたく朴が言った。



「危険を承知で追いかけて来たのね…」同様にレーダーを見つめていたエーテル体の早瀬が遠い目をしながら呟く。



「…そんなノンキに構えてていいのかい、火の粉はここまで来てるってのに」姿が見えなくなっていたオタツが不意に現れて言った。




目的ポイントまで85キロ地点。





□エヴァーダ機〔雷光〕




BKP を操作していた旬が突然バサッと体を浮かすと「ア?!オトウサン…」実流樹の思念をキャッチしたことを伝えたいのだ。



「な、何だ?騒がしいぞシュン」



「オネェチャン」



「ミルがどうした」



「違うヒトみたい」



「………何言ってんだ」



「よく分かんない…よく分かんないけど、オネェチャンのセンシラムが…」そう言うと旬は俯いた。




“センシラム”旬からその言葉を聞かされるなんて夢にも想わなかった。武光の頭の中を掻き乱すのは遠い過去の忌まわしい出来事…。実流樹はそれを想い出してしまったのか…。血塗られた過去は科学の力をもってしても消去出来ないというのか。武光は旬に悟られぬよう必死で表情をつくる。


「ミルは大丈夫さ、すぐにっ」


武光が全てを言い終わらぬタイミングで、推し測ったような警戒シグナルが点滅した。




「オトウサン!コレ…」旬は自分の目前にあったBKP の検証モニターをコックピットの前方に転送した。



武光の目前に転送された画像には実流樹たちが乗るATIとこの雷光以外に、未確認の移動物体が放出するエネルギ波となって映っていた。



「マズイ」武光は思い切りレバーを引いた。





□ATI




「はっ」実流樹が何かに気付いた。



「どうした!」



「敵が近付いてる」



「サイモン?!どうだ!」



「ココには何も…でもずっと後方で移動する物体が」




武光の戦闘機が危険に曝されていることを直感した朴が「小型戦闘機に近いのか」少しくぐもった声になる。



「…そのようです」サイモンは実流樹を気遣い言葉を躊躇った。




「シュン…オトウサン」実流樹はすでにキャッチしていた。



「どうすんだよ」あのサムが呟く。



「……………」今引き返せば作戦は水の泡になりかねない。しかし誰も選択肢に苦しみ、道を選べないでいた。



張り詰めた空気の中、シャットダウンした玩具のようだったBax は急に頬をムクっと微動させ、空間を見つめると「ワタシが行く」と告げた。



「助けに行くのはいいが作戦はどうなる」サムは裏腹な問いかけをした。



「作戦に変更はない」コンピュータのおうむ返しみたいに応えた。



「そんなに心配ならサヨコに付いて行きゃいいだろ」オタツはサムの衝動を見抜き、けしかける。



サムは一瞬“しまった”と顔を歪めると「べ、別に心配じゃねぇよ」しどろもどろになる。



トンネル事件のサムがどんな働きをしたのか知っている実流樹が想わず“助けて欲しい”と言わんばかりの視線を投げ掛ける。



「“お嬢”お前までそんな目すんなっ」



「あぁ…しょうがないねぇ、入りたくないが、入ってやるとっ」オタツは何の準備もしてないサムに突然「オ!おい!止めろ!」憑いた。





□エヴァーダ〔参謀長官室〕





「驚きましたよ」イ.ギュリは軍服のボタンを1つ2つはずして言った。



「申し訳ありません」



「すでに調印書まで用意していたなんて、閣僚たちも私以上に驚いたはずです」



「ジョン大統領自ら、この作戦に意欲を持たれ、ぜひ作戦を成功させたいと仰ってました」



「前大統領は汚名を着せられたまま、さぞ苦い経験をされたに違いありません。貴方の言う通り…時期が来たのでしょうね」



「はい」



「…作戦はすでに始まったと言ってましたね?」



「はい。誠に勝手ながらお叱りは覚悟の上で」



「いいえ、叱ったりはしません…ただ嫉妬しています」



「嫉妬?ですか」



「ンフっ……アナタは自らのリスクを背負い世界平和に貢献しようとしています。それに比べ…私は」



「それは違います。長官にはやって頂かなければならないコトが山積みになっております。それに」



「それに?」



「エヴァーダのお飾り政府を調教して頂かなくては」



「あ、あぁ…なるほどね」と悪戯っ子のように微笑むと「ところで、あのアナタの推測とはいったい?」



「長官もご存知の通り…現状の政府間も知り得る仲間ですら100%信じ合えるコトは不可能です」


「うん、それで?」



「内々に調査した結果と現在までの状況からして、あのトンネル事件の容疑者が…この作戦に加わっている者と想われ」さすがの直江も眉間に皺をよせ、苦虫を噛む。



「それは…いったいどう対処すれば良いと?」咄嗟の発言に冷静なイ.ギュリまで戸惑う。














continued