□エヴァーダ参謀会議室
「敬礼!」参謀長官のイ.ギュリに対してスタッフが声は挙げた。
イ.ギュリは、50歳を過ぎた韓国籍の女性である。
地球が変動期を迎えた頃の彼女は、ちょうど国会議員に当選したばかりだった。
母国への忠誠を誓って一年が経過しようとしていた矢先、平凡な未来の幸せを願うイ.ギュリの人生は…なにもかもが一変した。
生きる術を未知の力に遮られた者は、すべからく希望や生命力を奪われてしまった。生き残った人々は生きる為、望まない多くの企ての渦中に身を置いた。決して本心を語らず、互いに欺くことで生き伸びてきたのだ。イギュリもまた参謀長官の地位にあって尚、その気構えは変わっていない。
「例の…トンネル事件、RS への許可を出したのは誰ですか」イ.ギュリは着席するなり関係議員と各々の危機管理スタッフを睨んだ。
「おそらく、マイクサンダー氏の指示かと想われます」スタッフの一人が言った。
「確かめましたか」イ.ギュリの座ったままで身なりを整えた。
「政府の特定コードから指示されており、バイオセンサーの履歴からも博士と断定して間違いないと想われますが」
「本人には確認を取ったのです?今回はたまたまウィルス性でなかったからいいようなもの、万が一そうであったとしたら……。勝手な解除で国ひとつが滅んだ可能性だってあるのです」
イ.ギュリの想定は、言うならば密閉循環式の地下空間であるエヴァーダであるからこそのウィークポイントを指し、国の前途を揺るがす事に他ならない。
「直後からサンダー氏の応答を待ってますが、未だに…」危機管理局の担当者は力無く言った。
「長官、マイクサンダー氏に関する報告とは別の件で、どうしとも補足したい内容があるのですが」おもむろに席を立った直江亮太郎が言った。
室内に緊張感が漂うなか、直江亮太郎は軍式の敬礼をしてイ.ギュリの言葉を待っている。
「この際、知る得る全てを共有する必要があります」ギュリはデスクに両肘を載せると組んだ両手に顎を添え、直江を見返す。
それを合図に、直江は軽く会釈をして大型モニターのある壇上へ歩み上がった。国防官の直江が国内に起きた事情に関して直々に詳細を述べることは極めて異例だった。
「では、事件を再確認する上でも、経緯と状況からお話したいと想います」直江がそう言うと、ギュリは頭を縦に振った。
「今回のトンネル事件は、X 線データから猫型のバイオビーストが用いられたものと判明、猫には洗脳剤など複数の薬剤投与を目的とされた仕組みが施されてました。猫は人造物とは想えぬほど完成度が高く、一見して見分けられなかったことが…今回の被害を大きくしたものと考えられます」
「その…被害は」
「それによって負傷した国民は、軽傷を含めて258名、重症患者数136名にのぼります」
「薬剤の影響はどの程度です?」
「RS からの報告では薬剤による明らかな症状を示す者はおりません」
「こう言うのも何ですが…その薬剤に効き目が無かったのか、それとも時間が経過すると薬剤が効きだすのか…どっちです」知識の豊富なギュリだからこその疑問点だった。
「今回に限っては…RSでも おそらく鎮静化は無理だったでしょう」直江が唇を結ぶ。
何らかの決意を滲ませる直江を一際強い視線で圧倒するイギュリ。
そして「なんでも…あのアンドロイドがトンネルに居たと報告されてますが、鎮静化と関係がある…とでも言いたげですね」真っ直ぐに本音をついた。
「そうです…あのお騒がせなアンドロイドの力によるモノです」直江亮太郎は昔のリーダーを、わざとそう表現した。
「あのアンドロイド…あのイワクモ事件でのアレが…治療を施したと?」
「詳しい名称はヒューマニティ.アンドロイド.ベーシックX 02…通称バックスと言います。それが体内で電子微生物を飼っているのですが」
「微生物?…飼ってるとは」
「バックスは二種のエネルギを目的に応じて配合し科学反応を機動力と頭脳部に転換します。そのひとつが宇宙鉱物ゼブリンから抽出中和されたエネルギ、もう1つがナノプルトニウムです」
「つまりは…その2つのエネルギが微生物を媒体とし更なる変化、変異し…結果としてそれが皆の命を救う要となった…と」
「そういうことです」
「微生物にそんな複合能力があるのですかね」
「あるジャンルの科学者は、それを“エレメントファクター”と称しています」
「エレメントファクター…ですか…いったい、どんな作用を治療に活かしたのか結果は出ているのですか?」
「聴くところバックスがエレメントファクターを取り込む理由は橋場博士も、早瀬にも判ってなかったようです」
「どうせ!また暴れ回る目的で、ソイツを使うに違いないんだ」うまい具合に直江に転がる参謀長官の期待度をいくらかでも邪魔しようと中年議員はほざく。
途端、イギュリの矢のような視線で射られると、無かったかのように背中を丸めて縮こまる。周囲も直江も一度呆れて曲がった口元を軽い笑みに変えた…。
「私の推測に他ありませんが、聞いて頂けますか」直江は姿勢を整える。
「あぁ、私で聞けるものならば」
「イギュリ参謀長官!」直江はイ.ギュリを真正面に凝視する。
「突然どうしましたか」形相と声に驚くギュリ。
「我々は本意の戦争をするべき時が来たのではないでしょうか」ついに直江が訴えた。
□小型戦闘機“雷光”(ライコウ)
「シュン、これとミルたちの輸送機との距離はどれくらいだ」武光は二席しかない狭い空間に、持てるだけの食糧と旬を乗せていた。
訊かれた幼い旬の指先がBKP を巧みに操る。「この速さでね、あとファイブミニッツ」
「まだ五分もあるのか」武光は訓練生時代から操縦し慣れた愛機のレバーを握るしかない。
「オートにすればぁ?」
「シュン?」
「ホァ?」
「いつも言ってるだろ?俺は機械を信用してないんだ」
「ふぁぁぃ」旬がポケットの飴をまさぐり、武光に渡すと自分が持つもう一個を口に放り込んだ。
□ATI 機内
「怪しい飛行物体が近付いてます」サイモンが困惑する。
「どれくらいのスピード?」早瀬がグラフィックモニターを覗く。
「マッハ10…ぐらい、かな」サイモンは、とんでもない速度に唖然とした。
「敵機か?」朴が条件反射で胸元のピストルに触れた。
「いやそうじゃない可能性がある……」早瀬が返す。
「確かに、敵機にあんなスピードで飛行するモノはない」オタツの冷静さは変わらない。
「最高速度がそれなら、エヴァーダのモノかも知れないわ…スキャンしてみて」早瀬のひと言でAIネットワーク が連繋、ジェット戦闘機はスキャンされ瞬時にモニターへと転送された。
「そうです!あれは父と弟が乗った、エヴァーダ機です」実瑠樹には武光と旬が追って来るのが判っていた。
continued