□003エリア〔万能科学研究所内〕
小夜子がBaxとして生まれ変わり肇と再会を果たしてから4日が経過していた。
「…一般家庭に委託するなんて無茶です、考え直してください」早瀬は不安を露にした。
「…Bax の力を最大限発揮させる為にはそうするしかないやろ」橋場は他人事みたいに言った。
橋場の態度を少し軽蔑するような素振りをしたあと、早瀬は斜に構えていた全身をぐっと橋場に向けた。
「相手はアンドロイドなんです、人間と同等に扱うと、この先色々と弊害を招き兼ねません」いつもは冷静沈着な早瀬が上つった声で言った。
早瀬の視線の奥にはどこか緊張感の無い海道が居た。
海道も睨んできた早瀬の目付きにはっとしたが、再び力が抜けてだらんとなった。そして「大丈夫ですかねぇ…ホントに…」と言い、揺らした椅子の上で後頭部に手を回すと、退屈そうに伸びをした。
尚も収まりがきかない早瀬は「こちらで制御不可能な代物を居住地に放つなんて…正気じゃありません」
「しゃあ…ないやろ」もはや橋場には説得する意思が無い。
「…………」早瀬が無言で橋場を見返す。
「君が過去に経験したようなコトは起こらへん。そないに心配せんでエェ」橋場は言っておきながらも少し気まずい表情になった。
”早瀬の過去”そこで初めて、海道が表情を一変させ、何度も早瀬の様子を伺う。
「このコトとは…関係ありません」
「ほぉか…」と、あご髭を弄り…わざと目線を逆に向けると「ま、どっちにしろ手遅れやけどな」と橋場はスクリーンの地図上にBax の所在地を表すGPS サインを点滅させた。
点滅サインが示したのは008エリア、そこは元の沿岸部…セキュリティア情報はそこに住む鯛我家四人の名前を閲覧した。
早瀬は戸惑いと憤慨の色を滲ませ、海道は唖然とした表情で「あぁ、やっちゃ…った」冗談とも受け取れるセリフで橋場と早瀬を交互に見渡した。
……………
□008エリア〔鯛我家〕
約10メートル地下にある鯛我家にも窓は付いていた。
その窓は居住者の望み通りの光景を映すスクリーンになっている。
山々は高く深く色づきそびえ立っている。頭上から降り注ぐ太陽の光はそれらを愛おしむかのような奥ゆかしさで周りを照らしている。
照らされた薄緑色の稲が山から下りて来た風に靡いてしなると、たわわな稲穂は大きく波打った。
肇はその窓に模したスクリーンが気に入っていた。何年間か住んでも結局は土の中での生活、半世紀以上も空を見上げて生きてきた肇にとって正気を取り戻せる場所のひとつなのだ。
そこに…Bax と肇の姿があった。
「………どうだ?サヨコ…懐かしいだろ」Bax が座ってちょうどいい高さの椅子の傍らに、肇がいた。
再会した時に片言ながら交わした会話は嘘のように途絶えた。
無言のBax に語りかける様は、さながら病人を介護する旦那と、される側の妻のようだ。
「想い出せない…か」肇はBax の横顔に微笑みかけた。
橋場の考えが何なのかいまだに理解出来ていないが、さしあたっての不安から解かれた肇は、ひとときの幸せを噛み締めていた。
会話は出来なくなったBax だが、家族の言動に従って行動し誰の手もわずらわすコトはなかった。
食事は必要なく排泄もしないのは当然だが、呼吸をし、目を閉じて眠る。行動パターンはほぼ人間と同様だ。
歩行するにも立ったり座ったりするにも代わり映えはしない。
……
「お父さん?」旬は、突然増えた家族に困惑しながらもBax の存在が気になって仕方ない。
「なんだ…」
それを知ってはいても、武光には触れたくなくて、それ以上の言葉が続かないでいる。
「オジイチャンずっとロボットにお喋りしてるね」
「…そだな」
「お喋りばっかりしていて飽きないのかなぁ?」
「……」武光はどう返して良いものか一瞬悩んだ。
「シュン?」
「あ、お姉ちゃん」
「お勉強してるんだよ」
「ロボットがお勉強するの?」
「ロボットだってお勉強しなきゃ、いざという時にさ力が出ないんだよ」
「へぇ」
「それからね?シュン」
「ん?」
「あれはロボットなんかじゃないよ」
「………じゃ、ナニ?」
「ヒューマニティ.アンドロイドって…言うの」
「ヒュー…マニ.テ.ィ?」
「…………ふぅん?どんなの?」
「シュンは知らないけど、おばあちゃんのコピー………って言ったら…解る?」
「クローン?」
さすがの実流樹も根負けして「……そんなカンジ」ついお座なりに答えた。
「あ!?ワカッタ!?だからだぁ」そう叫ぶと飛び上がり、リビングの端に寄せてあるBax の専用カプセルに近付いた。
「Ba(バア)でしょ?…それがX(かける)2…二つだから……バァバ! バァバだね」弟は無邪気に笑う。
「…………あはっ」実流樹も無理やり笑みを浮かべる。
「やっぱりそうだネ!ネッ?そうでしょ?」旬はまるで謎を解き明かした探偵みたいに誇らしげだ。
「うん、そうだよ、バァバ」取り敢えず旬が納得したことで実流樹の肩の荷は下りた。
「ロボットじゃなくてバァバ♪ロボットじゃなくてバァバ♪♪!!」
何だか今までに見たことが無いくらい、旬は楽しそうに家じゅうを行進しだした。
continued