□008エリア



カプセルに繋がれた配線が急激に熱を帯びた。真っ赤に熱せられたそれらが次々にショートしてちぎれると、カプセルがスライドしないように接着していたコーティングも火花を散らして溶けていく。



「何か、したんですか?!」早瀬が焦って訊いた。


「いいや…」オタツは相変わらず冷静だ。


「ミルキさん?」



「いいえ、何も」



「今度こそ本物のお目覚めかい」オタツがその言葉を口にすると同時だった。


操作していないカプセルが冷却ガスをもくもくと放出しながら開き始めた。



3人は息をのんだ。


全開になったカプセル内から、肉眼では確認出来ぬくらい微少な電子微生物の群れが再び這い出して来た。



「…ナニ?」早瀬に成す術は無い。




微生物が這い出し終わると妙に軋む機械の音がした。
それは、制御しようとするカプセルにBax が抵抗する為に発生する摩擦音だと察しがついた。

次第に摩擦音は小さくなるが、同時に細かな機械部品が周囲にばら蒔かれていった。



しばらくすると…メタリックホワイトのしなやかな指先がカプセルの縁に這わされた。

ミシミシと握り潰されていくカプセルの縁はやがてぐにゃりと湾曲する
。防護シールドに覆われた頭部がむくむくと見えてきた。肩の部分が見えてくると、散らばっていた微生物が集結し、一途の道筋に沿ってBax の人差し指、先端へ吸い込まれていった。



「ナニ?……何が起こってるの」早瀬すら想像もしていなかった光景が繰り広げられられている。


「外部の情報を自分に取り込んでいるんです」実流樹は操られているかのような棒読みの説明をしてみせた。


「ミルキさん?」早瀬が呼び掛ける。


「……」早瀬の呼び掛けに無表情な実流樹。


「シンクロレベルが上がったんだね」オタツのひと言にどこか危険性を勘繰ってしまう。


「ミルキさんはどうなっちゃうんです」


「心配要らない…意思を伝達し終わればすぐに戻るさ」


「…………」ともかく早瀬にはどうするコトも出来ない。見守る以外に道はないのだ。




連なった微生物の群集は一通りBax の体内へ吸収された。周囲の物に影響を与えていたエナジーパルスも収まった。





背中が現れ、ゆっくりと、しかし力強く…すっくと立ち上がるBax 。



まだ覚束ない脚運びでカプセルから抜け出す。
一度受けたパルスの衝撃で辺りの照明は落ち、よく顔が見えない。


早瀬は何気なくオタツを見た。

オタツは目を瞑り神経を集中させているようだ。
次の瞬間、消えていた照明に明かりが点灯した。こちらに向かって歩みを進めて来るBax の表情が垣間見えた。



フェイスシールドが開放され、露になったBax の顔は透き通るくらい白く無垢な輝きを放っていた。アルジサイトと培養細胞との結合品などとはとても想えぬほど生身の温もりを感じる。
生え揃った髪の毛は少女のそれのように艶やかで、なによりモカブラウンの瞳は産まれたばかりの赤子のように煌めいていた。



「……おかえり」オタツが微笑んだ。


「初めまして……おばあちゃん」実流樹の目前に居るのは祖母の若かりし頃の姿だった。


「これが………バックス…なの」想わぬ変化を遂げたBax に驚きを隠せない早瀬だった。



ガラス越しに3人をじっと見つめるBaxの瞳には、揺るぎない意思があった。





……………




□エヴァーダ〔001エリア〕


008エリアに行ったまま帰らない実流樹を気遣いながらも本心は、生まれ変わった小夜子の事でいっぱいだった。


「落ち着けぇ」橋場が髭を摩りながら言った。


「落ち着いてるさ、言われなくても」肇は言葉と裏腹で外部モニターの映像情報に幾度も視線を向けていた。


「さっき…バッ…いや、小夜子さんが目覚めたと報告があった」橋場が遠慮がちに言う。


「しばらく制御されてるはずじゃなかったのか」


「…当局はその積もりだったらしいが、そうはいかなかったみたいやな」


「大丈夫なのか…」肇は心にも無い心配を漏らす。



「大丈夫もなにも…バッ…」と言いかけて止めた。



「いいんだ、気を使うな、お前にとっては造りモノに違いない」



「……せやな、そうさせてもらうとしよか」橋場は苦い顔をした。



「小夜子とバックスの意識は…同化してるのか?」肇は一番気掛かりな質問をした。



「さぁ、どうやろのぉ…早瀬から聞くとこに寄ると実流樹ちゃんとバックスはシンクロするレベルがアップしてるらしい」橋場は意味深な返事をした後でそう言った。



「そ、そうか」肇の脳裏にあの眠れぬ夜の…実流樹から言われた言葉を想い出さずにはいられなかった。



「……どうかしたんか」



「あぁ…ミルキが言ったコトを想い出してな」




「…何て言うたんや」



「おばあちゃんを独りで戦わせない………ってな」



「なぁ、タイガ」



「……なんだ」



「これも運命ちゃうんか」



「運命?…」一瞬、肇は憤慨した表情になる。



「小夜子さんの細胞から遺伝子を採り出し、ミルキちゃんを作ったんやで…いずれそうなるのも想定出来たはずや」



「………いや、俺はそうさせまいと育てた積もりだった」



「ただの遺伝やないコトは…お前が良ぉ知っとるな」



改めて訊かれると言葉を見失った。



「実はな…ワシにも早瀬にも予想外なコトが起きてな」そう言うと、橋場は肇の目を凝視した。




「何だ早く言え…気味悪いだろ」



「彼女…少しだが言葉を発したらしい。それだけやないで…お前のコトも覚えてた」



「そんな…まさか」



「信じられへんか?」



「まさか…記憶まで元通りなんて」



「ほんなら逢って確かめたらえぇ」橋場はBKP を呼び出すと、外部コンダクター.スロットをこの部屋に接続した。



「いきなり?!何を」



「お前の本心はお見通しなんや」



橋場は強引だったが、見透かされていたのは事実だった。接続された扉と扉は否応なし十文字の開口準備が成されている。
強引な再会。それは肇が望んだ再会ではなかったが、それなのに、そこに…若かりし頃の妻が居ると…そう想うだけで胸が高鳴るのだ。




ついに扉が開き切ると、眼前に孫娘実流樹が立っていた。

「ミル…」肇は言葉を絞り出す。


「おじいちゃん」実流樹が頷いた。


ふわりと靡いた長い髪が実流樹の背後からのぞいた。メタリックホワイトのフィットスーツで少しぎこちない女が姿を現した。


「…………………さ、よこ」肇にとって、そのひと言は堪らない勇気がいった。


ちょっとだけ虚ろな眼差しでBax が肇を見返した。
そして鼓動を刻むかのような足取りで肇の立っている場所へ歩きだす。


年甲斐もなく肇の鼓動が高鳴ると、Bax はそれを知っているみたいに微笑んで…そして白く光る指先で肇の頬っぺたを撫でた。


「ハ.ジ…メ…さん」美しいBax の唇が肇の名を呼んだ。顔は出会った時の若々しさで満ちていたが、優しさに溢れた柔らかな声は亡くなる直前とちっとも変わらない。



「……サヨコ」肇は小さく呼び返すのが精一杯だった。



一歩二歩……近づくとBax は大きく腕を広げ、真綿を想わせる力で肇を抱き締めた。


肇はただ…Bax の肩に唇を押し付け、涙を流すだけだった。








continued