□008エリア



「セキュリティアを外してるのに?!どうして?!」セレーヌから外したその物は確実にエヴァーダへ持ち帰った。尚且つエヴァーダへの潜入はエーテル体の微量なパルスも逃さない超感度センサー監視しているにも関わらずオタツは難なく入り込んだ。経験値を超えた存在に…早瀬は震えた。



「早瀬さん…ごめんなさい」押し黙っていた実流樹が気まずそうに口を開いた。



「アナタ?…私達を騙したの?」



「…騙す積もりなんて!」一瞬、実流樹の顔が強張る。



「ミルキを責めないでくれないかい」オタツが言った。薄く透けた横顔は洋風で、発せられたセリフはいかにも不釣り合いだった。



「………」そんなオタツの物腰が早瀬の恐怖心をいくらか和らげる。



「何もかもアタシが企んだ…」そう言うと、早瀬の顔色を伺う目付きになった。その眼差しは意外なほど柔らかだ。


モカブラウンの眼はあの残酷な殺しを行った人格とは想えないほど優しさに満ちている。
早瀬は警戒心を緩めてみる。

「…いいわ、続けて」…と、目前で折り重なる二人の顔を一瞥した。






…………





予想外の展開にほとほと疲労困憊の橋場は問責を終えてから一言も口にしてない。


無罪放免になったことも他人事のように、マシンが煎れたカプチーノを苦々しい顔付きですすっている。



その斜め前には孫娘の企みを全然知らない鯛我肇が、居心地悪そうに腰掛けている。


居心地が悪いのは肇だけではない。

しばらくの沈黙が流れ、カプチーノの薫りが鼻に馴れてくると「……よう、来たのぉ」肇は30年ぶりに再会する悪友へ、精一杯の挨拶をした。



続けざまに「小夜子さんをあんな風に目醒めさせてもうて…悪かったな…」と、小さく謝罪する。



「お前のせい、だとは聞いてない…」昔の橋場ならそう簡単に謝罪などしなかった。



「ちいとは責めてくれたほうが楽なんやぞ…」


「まるで…失敗したみたいな口振りじゃないか…」


「…正直、自信喪失や…バックアップシステムは遮断され、遠隔操作出来ない有り様で…どうやってバックスを世に送り出すんや」



「まだ手段はあるだろ」



「……まぁ、そりゃあるやろ」悪友に見せた弱音をごまかす橋場。



「小夜子は制御出来ないんだ、最初から」



「…………せやな、今回のコトが教訓や」言いつつ腕組みをきつくして「かといって…野放しにはでけん、バックス自体が高濃度爆弾なんや…諸刃の剣や、そんなもん野放しにしてもうたら今度こそ地球は無くなってまうわ」



「…小夜子はそんなコトしない!」想わず手前のテーブルを拳で叩くと一輪挿しの花瓶が飛び上がり水を撒き散らして床下に転がった。肇は唇を固く結んでいた。





………




海道はまだイワクモでの出来事に納得がいかない。時々ブツブツ呟いて頭をかきむしる。




「なぁ…」おもむろに朴が訊いた。



「………黙っててくれないかな」



「いい加減…考え込むのはやめろ」



「無責任だよ、あの暴走の原因がホントにオカルトだとしたら、とんでもない誤算だよ?!解って言ってるのかな!」想った以上に海道はショックを受けている。



「アァ?!俺には解らないさ、でも俺は無責任なんかじゃない」



「………別に、そうは言ってない」海道は朴の剣幕にてっきり罵られるんだと身構えた。



「なぁ、俺達の目的は同じだって…言ったよな」


「………うん」


海道のまくし立てのセリフが収まると、朴は分析を始めた。「あの…オタツさん?」頼り無さげに朴が言う。


海道は仕方無いといった具合に頷く。


「オタツさんがバックスに同化した。そして俺達の目の前で…制御不能状態で…大暴れして」



「キメイラもろとも…イワクモを壊滅状態にした」



「何の為に?」朴が半ば挑戦的な態度になる。



「何の為?…目的があったって言いたいの」



「おかしくないか?」



「だから…」半ギレの海道。



朴はそんな海道を無視して語り出した。「あのテクノロジーの要塞が僅かの間に廃墟になったんだ、全部が偶然って…それは、出来過ぎだと想うんだが?」朴は海道をわざと斜めに見た。




…………




□008エリア



「レッドクロウの動きにはある特徴があったのさ」



「特徴…というと」



「どのエリアに出没する時も必ずヤツらは戦利品を持ち帰った」




「その時アナタは…」



「んあぁ…この通りの姿さ」



「CSX で戦ったんですね?」



「あぁ…アタシにはそれしかない」



「情報収集は…どうやって?」



「簡単さ、身体を借りた」



「敵の身体に、ですか?」



「あぁ、そうだよ、…でも気配を消すのも大変さ、」



「CSX を使うとパルスが上がるって…」実流樹が言う。


「ここへ来る時はミルキのお陰で…楽だった」



「そ?!そういうこと?!」



「はい、ごめんなさい」



「ま、仕方無いわ…続きを」



「レッドクロウに潜入して判ったんだが、どこに出没するにも襲う理由があった、略奪さ…こんな世の中じゃ欲しい物は奪うしかないと想ってる」



「今回は、バックスだった」



「そういうワケだ」



「軽く潜入出来たのはどうして?」



「全てがスパイの思う壺だったのさ、WG 大統領はそそのかされ、同じタイミングで朴という使いをよこした。それに気を取られて外部からの信号キャッチが甘くなる。」



「セキュリティが偏った僅かの隙間を狙った…」



「そうさ」



「マシンが繊細過ぎるのも考えもんね…」



「ついでに」オタツは核心に迫る勢いで早瀬を凝縮した。


「…な、なにか?」


「あのまま…小夜子が起動しなかったらって…考えたかい?」


「………とんでもない!」


「ヤツらは身動きのままならない小夜子をさらい、小夜子の人格を破壊すれば想い通りになると考えたのさ」



「……恐ろしい」


「もしもアイツを中途半端に倒していたとしたら、アイツの先導する次のヤツが…ここに潜入するルートを見つけ出していただろうね」



今やエヴァーダを国と認めたWG は攻めて来たりしない。
あったとしても名を語るだけのチンピラ一味くらいだ。

レッドクロウとは…こともあろうに輩に入れ知恵した科学者の隠れ蓑だという。
彼らはタブー視されてきた科学力を使って殺戮と略奪が目的のサイバービーストを造り出した。
歴史上埋もれたハイテク武器を駆使するテロ軍団でもある。

今や捨て身な無謀戦術はヤツらの専売特許。滅亡を逃れて小数民族になり果てた数々の国から有りとあらゆるアイテムを奪っているという。




「アナタの企みって…何ですか?」



「WG に拉致されている女性全員の解放。そして…」


「そして?」


「小夜子に…普通の生活を取り戻すことさ」


実流樹はオタツの言葉に涙していた。早瀬は軽くため息した後でエヴァーダの軍バッチを襟元から外した。



「何してるんだい」



「………私も仲間に入れてください」



「お嬢さん、アンタまで首突っ込まなくてもいいんだ」


「いいえ!私だって!女性の一人です!今まで何もしなかった自分が恥ずかしいんです!必ず、必ず…ヒトがヒトらしく生きられる世界を取り戻すんです!」早瀬の目は闘志に満ちていた。



「………しょうがないねぇ、ここにも同士が居たってことかい」



「…………あ、おばあちゃん…」実流樹がカプセルに振り返る。



紫の光がカプセルを包み、オーロラのように揺らめいている。
やがて光量が落ちると、光は目映い虹色になり、バックスの自由を奪っていた無数のコンタクト配線に光が這い出してきた。カプセル内に住み着く電子微生物たちが様々な色を放っているのである。

見たこともない光景に3人は釘付けになった。






continued