□イワクモ



海道は目の当たりにしている光景を疑った。

熱風にさらされカラカラに渇いた地面が…赤い砂煙となって巻き上げられている。
そこに佇むBaxのボディ はアイツの体液と粉塵にまみれ、ザラついていた。




「カイドウ…」朴が口を開く。


「………ナニ?…」あまりの衝撃で海道にも説明がつかない。


「どうする…」


「……どうする…って…回収しなくちゃ」そう言ってATI を起動させた。



機能停止したBaxを衛星カメラで注視しながらATI を降下させると、鉛のオブジェのように立ち尽くすBax の正面に回り込む。

「急に動いたりしないよな」


「…多分…」


「タブンって…」


「いや、本来こっちからのアクセス無しで動くこと自体が有り得ないんだよ」海道が語気を強めた。





ATI はゆっくりとBax との距離を狭めていく。表情が気になるが、光体被膜のフェイスシールドで隠れていては伺い知れない。
ただ…微かな光が、並列のデジタル文字となって浮かび上がりフェイスシールドの表面をつらつらと流れているのが見える。
どうやらそれはBax が独自に受信している信号なのだが、こっちからのアクセスが割り込めない。


海道は焦る気持ちを朴に気付かれないように努めた。


「……酷いな」朴が言った。



傍らには頭部を潰されたヤツの屍が突っ伏している。
肉片に紛れたヤツの剥き出しの頸椎からは髪の毛のように細い配線がうじゃうじゃと蠢く蛇みたく見える。




独り言みたいに朴が「これはいったい何だ」と言い。さっきまで自らに降りかかった緊張状態を誤魔化しているようにも想えた。


「……キメイラとも…呼べるし」



「キメイラ?」



「生物の……混合体だよ」


どの学者もすべからく一度は触れもし、また触れることを恐れる神の領域でもあった。



「………気が知れないよ」海道はこれまでにない厳しい表情になった。



このバケモノを造った生物学者にはもはやモラルなどという奥ゆかしさは無用らしい。







………………




□エヴァーダ統括本部



イワクモから離脱した各々のパーツがエヴァーダに到着すると、次々にエヴァーダの主要都市へ吸収されていった。

橋場らがエヴァーダ入りすると、すぐさまBax の暴走が取り沙汰された。橋場とそれに関わった海道と朴はいきなり統括本部、問責会議への召集が言い渡された。





……


統括本部は古代ローマのコロッセオを想わせる造りだ。
外観は楕円形のドーム型で、すり鉢状の階段席は開閉式。およそ1000名を収容する巨大なシェルターも兼ねている。

そこに50名ほどのコミュニティを束ねる代表者たちが何等かの審議をするのだが、哀しいかなその審議の目的とするところは別にあった。
それを橋場は茶番と言い、ある種の見世物とも揶揄する。





「橋場博士…」でっぷりとした巨漢の議長は尻上がりの不釣り合いな声で橋場を呼んだ。




「はい…」


「アナタはあの鯛我小夜子のクローンを蘇らせたのですか?それとも殺人マシーンを開発したのですか」イタリア人の議長の言葉も橋場の耳には日本語で届く。


「鯛我小夜子のクローンを造った覚えはございませんが、殺人マシーンを造ったおぼえもない」少し苛ついた語尾で議長を一瞬睨んだ。



「…乗り移ったんです」背後に腰掛けていた海道が声を発した。



「君は黙っていてくれないか」議長は以前から対立的な橋場を煙たがり、ここぞとばかりに責め立てる気のようだ。



「そういう考えやから纏まるもんも纏まらんのや!」ついに橋場が声を荒げる。



「お、おい、あのヒト大丈夫か」同席していた朴が海道に耳打ちする。



「…しょうがないよ、いつも途中からこうなるんだ」海道は慣れっこになっている。


事実がどうであれ、結局は地位や権力が物事の通りを悪くする。
議長は元イタリア国家公安部の代表でもあり、未だに鼻息が荒い。
エヴァーダはそういった人材をかなりもて甘し、お座なりな役職で手なづけるしかなかった。




「議長!」伸びやかで語気のはっきりした口調はエヴァーダ国防官の直江亮太郎だ。

実質、エヴァーダ側の決定権は国防官である直江亮太郎が担っていた。
元々権力その物に嫌悪感があった直江は表には立たず、同調してきた国々の代表者たちを集めて気分だけでも満足させる為にダミーの政府を作り上げていた。




直江は現在50を越える年齢になるが、187センチの長身と引き締まった肉体は軍服の上からでも見てとれるほどに若々しい。



「な、何だね」議長はすごすごと発言権を委ねる。



「実は、バックスの暴走を食い止めた人物を呼んでおります」



「……あの信号か…」海道が呟く。



そこに居る誰もが直江に注目する。


「さ、…入っておいで」直江が片隅の壁越しに誰かを呼んだ。



数百の目が見つめるなか、女神の彫刻が施された白亜の壇上には青い軍服を着た一人の少女が歩み寄った。


少女の顔は半地下で育ったと想えないくらい健康的な肌艶をしていた。

年齢も判別しづらいほど大人びていて手足も長い彼女に着せたいのは、そんな軍服ではない。そう誰もが想ったに違いない。


「…タイガ、ミルキ…です」少女は声を発した。


「彼女はあの小夜子氏のお孫さんです」と、直江が補足すると、ただならぬ空気に包まれた。


「暴走を止めた?…というのは、どういう方法を使って?」議長はふてぶてしく余裕を見せた。



「いいよ、正直に言いなさい」直江は実流樹の肩に手をあてがった。


実流樹は控え目に頷くと、しっかり前を見渡し壇上の真ん中に歩を進める。



「…おばあちゃんの声が聞こえてきて…」



会場がにわかにざわついた。



「私、生きてるおばあちゃんを知りませんでした。だけど…手に取るみたいにおばあちゃんの気持ちが伝わってくるんです」ざわつく会場を静めるかのように、彼女が囁くと聴衆はまた聞き耳をたてる。



「おばあちゃんは生まれたばかりの状態だって、言葉も話せないし…力を上手く制御出来ないんだって…言ってました」


一旦話すのを停め、息を吐く。



「おばあちゃんの事をバックスって…呼んでるようですけど…おばあちゃんは、ちゃんと…おばあちゃんのままなんです」実流樹は振り絞る声で訴えた。


そして「直江さんからおばあちゃんの遺言書を読ませてもらいました。…また生き返る。生き返って…私達の未来を掴み取る為に戦う。だから、橋場博士に私の亡骸を預けなさい。……そう書いています」



一同息を静めた。



「やっと、やっと…生き返ってきたのに、誰からも祝福されないなんて、おばあちゃんが可哀想です」実流樹の頬に涙がつたった。



「何て聞こえたんだね?」直江がさりげなく訊いた。


「戻りたい…って」


「どこに?」


「家に戻って…家族に会いたいって…」


「それと暴走とどういう関係があるというのかね?」議長が冷ややかな口を挟んだ。


「…オタツさんってヒトに、自由を奪われたって…言ってました」


海道と朴が顔を見合わせた。


「オタツとは、誰かね?」



「議長、それは私から説明します」聞き慣れた声だが、こんな風に反響する生身の声を聞くのは久しぶりだった。


「早瀬博士…」直江は早瀬博士と呼んでいる。


階段席の上段付近から直江と橋場らに改まった会釈をすると、遠慮も無しに話し始めた。
「その、オタツという人物の所在を確認しました。まず本名ですが、セレーヌ達川。2093年前後して小夜子氏とCSX を介して出合い、互いを戦友と呼び会う仲になります。小夜子氏亡き後はセレーヌ氏がエヴァーダの前身軍を率いていたそうです」



「率いていた?」直江には納得がいかない話だった。小夜子の戦友なら誰に確かめるまでもない。会って無いはずがないのだ。



「出会えるはずはありません、その僅か2ヶ月後…瀕死の重症を負い、10年ほど前には脳波も消えてます」早瀬はきっぱりと応える。



直江ですら早瀬には口ごもる。




「密かな延命処置を受け、バイタルサインを無理矢理引き延ばしてると言った方が…正確ですが」


「エンメイ?」海道は数年間も死人同然の人物と会話してきたことになる。


「オタツさんはどこに居るんですか?!」想わず振り返る海道。


「アフリカエリアのバイオプランターよ」アフリカエリアといえば、負傷兵士や重度のCSX 患者を請け負うプラント。そこに身柄を預けられるのは墓場に入らない人間と言われていた。



「……………そんな」海道の腰が砕けた。


あのセキュリティアは…。
どうやって機能させていたんだ。
座標軸もセットせずに…場所を特定し確実にトリップできたのは何故だ。海道はただの顔見知りなだけではないオタツとの細やかな会話を思い出すだけで泣けてきた。




「何の為にセレーヌ達川はバックスを乗っ取ったのかね」調子づいた議長が質問をした。

直江はわざと黙る。



「おそらく感情が赴くままに行動したのではないでしょうか?」



「それはつまり兵士としての執念…というヤツかね?」



「単刀直入に言えば、そういう事でしょう」



「では」すかさず直江が割り込んだ。



「はい」



「セレーヌ氏は自分の感情に任せ、起動前のバックスを奪い、そして自由自在に操った……そういうことですね?」



「はい」



「ということは今後も危険では?」



「ご心配には及びません」



「それは何故?」



「セキュリティアをセレーヌ氏の腕から外して来ました」



「…………なるほど」



「したがって…正式名称…ヒューマニティーアンドロイド=ベーシックエックス2には何の不備もありません、勿論、橋場博士と海道助手にも過失責任はありません。必要でしたら証拠のセキュリティアとセレーヌ氏へのアクセスポイントを提示いたします」



「……議長、異論はありますか?」



「あ、いや…ありません」



「じゃ閉めてください」直江が言うと、議長は咳き込む。



「では…これをもって橋場博士、及び海道助手に関する問責会議は閉会………」議長は前方の聴衆を見渡しながら立ち上がると、バツが悪そうに議長席から降りていった。




……


「よく……頑張った」直江は実流樹の肩をぽんと叩く。

「はい」実流樹はこくんと頷くと、向こう側の壁で彼女以上にヤキモキしていた鯛我肇(タイガハジメ)に手を振り涙が乾いた頬に笑みを浮かべた。








continued