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57歳からのピアノ

思い切って、ここは「音楽」関係、それも、2011年から始めたピアノの話題を中心につづっていく事に。
 ★2019年1月 65歳! ピアノを始めて丸8年が経過。上達どころか後退か??ながら、少しでも前に進むよう楽しみながら継続中。

 突然アメリカから封書が来た。

差出人は Department of Health & Human Services

これって、日本で言えば何だろう、厚労省かな? 
とにかく医療・保険などを扱う政府機関^^

そして送られてきたのは、これ↓



なんと、アメリカにおける医療保険のIDカード。

アメリカは良く言われるように日本と違って国民皆保険ではない。ほとんどの人が毎月の高額な保険料を払って民間の医療保険に入っているのだけれど、それがあまりにも高いものだかららこそ、無保険者が何千万人もいて、それが今回のコロナ蔓延の一つの大きな要因にもなっている。

ところが、「皆」保険ではないけれども、国が提供する医療保険というものもあるにはある。

その一つが高齢者向けの、いわゆるメディケアと呼ばれるもの。

もう一つは、低所得者向けのメディケイドと呼ばれるもの。しかし、このメディケイドは保険の範囲が非常に限られていたり、またこの保険に対応していない医療機関も多々ある。

その点、高齢者向けのメディケアは、そこそこの医療機関を受けられるのだけれど、やはり保険が適用される範囲はごく限られている。

今回送られてきたのはこのメディケアの「Part A」と呼ばれるもので、考えて見れば20年以上、メディケアTaxと言われる保険料を支払ってきているので、これを受け取る権利はあるわけだ。

添付の説明書を見ると、やはりこの上記の制約のために、さらにカバー範囲が広い「Part B」や、医薬品に対する保険もつく「Part D」、そして、それ以上の、歯科、眼科などをカバーする「Part D」にも加入を勧めている。

非常に分かりにくいのだが、このオリジナルメディケアは、上記のPart AとPart Bを含む、とありながら、もし貴方がPart Bのサービスを受けたいならば別途申し込みをして、月々の保険料(約15000円~)を払わねばならないらしい。ここで~としているのは、収入によって保険料は高くなったり、またこの金額が毎年更新されるから「らしい」。

あまり真剣に読んでいないので良く分からないけれど、かなり面倒な感じなので、取りあえずは放置することに。

まあアメリカに旅行して、子供達に会うことがあったらこれを「万一に備えて」持参して使えれば使う、というスタンスでもいいかな、と。

いやあ~、惰性と言うのは恐ろしいものですね!

記事をちょっと休んだら、それがなんと・・・前の記事が5月16日なんで、4ヶ月以上もサボってしまいました^^

何があった、という訳でもなく、いや、何も無かった、という方が正しいのかな?

いやいや、4ヶ月以上寝ていたわけではないので^^、そりゃいろいろありましたが、ただ記事にする気にならなかっただけで(←言い訳)

帯状疱疹になって未だに治っていない、とか、国勢調査員を引き受けてやって改めて日本の高齢化を感じたり。。。とか、いろいろありましたが、今日はまったく関係なく・・・

今日のお題は「平和という奇跡」。

今読んでいる(と言うか、また読み直している)本で、町田宗鳳という方の
 「なぜ宗教は平和を妨げるのか」
という本。

その中に、

「平和であること。これは一つの奇跡である。人が血を流さず、飢えもせず、雨露をしのぐ家を持ち、日々の生活を親しい人と共に無事に過ごしうること。これを奇跡と呼ばずに何と呼ぼう。
 ましてや愛する者に囲まれ、与えられた生への喜びと感謝の思いに満たされながら、この世を静かに去っていくことができなら、それは奇跡中の奇跡と言ってよい。
 (中略)
われわれはとかく日常生活の退屈さ、凡庸さについて愚痴をもらすが、それは平和という奇跡のありがたさに気づいていないからである。
 (中略)
しかしこの地球上には、今日もまた最小限の食べ物にすらありつけず、家族を生き別れ、死に別れし、自らも傷つき、病み衰え、冷たい土の上に横たわったままの人々があまりも多い。その人たちの目が見つめているのは絶望という暗い闇だけである。
 (中略)
そのような絶望の暗い闇を人のこころにつくってしまったのは、特定の国家や集団の責任ではない。国家や集団を形成している、地球に生きる人間一人ひとりの責任である。
 「私は人を貶めるようなことは何ひとつしていない」という人がきっと居るだろうが、そう言う人は生きていること自体が、他人の犠牲の上に成り立っていることを知らねばならない。
 (以下略)」
 
前後の文章を割愛して、この部分だけ取り出すとかなり過激な文章という印象を受けたり、また「これって、よく言われることだよね」と思う人もいるかもしれない。

けれども、コロナに限らず、いやコロナは人間ではないけれど、それ以上に、人間が同じ人間を恐怖と苦難と悲嘆のどん底に落とし込んだあげく、人と人との不和と抗争が拡大してきたのが人間の歴史だし、今の日本人はその中に奇跡のように生まれた「つかの間」の平和を享受しているにすぎないのだけれど、それを私達はともすると忘れがちになる。

この著者は仏教に長く関わり、ひょんなことから宗教学者になった人だけれども、やはり根底には「仏教」があるようだ。

この「一人ひとりの責任」をどうとらえるのか、について、著者は私達自身が自身の「闇」を勇気をもって見つめ、それと対話するしかない、とする。

なんとも悠長な、考えようによっては非現実的にも思える結論だけれども、この状態を打開するのは「宗教ではない」という部分には全面的に同意せざるを得ない。

仏教徒であり、宗教学者である著者が「宗教」の限界と、それに対する自らの処し方を考え抜いた末にたどり着いたと思われるこの結論には本当に考えさせられます。

だからと言って、私達は日々の、なにげない日常に幸せを感じてはいけない、と言っているわけではない。そうではなく、幸せになるのは人間の権利だしそれを追求することが悪いわけではないけれど、自分がそうあることの奇跡を思い、それをそう有らしめている自分の中の偽善にも正面から向かいあうこと、それを求めているのでしょう。

 今日は、本来であれば恒例の、元上司宅でのバーベキュー飲み会でした。

・・が、このコロナ感染拡大阻止を受けて早々と中止。その代わりに、Zoomによる「オン飲み」に急遽変更されました。

参加人数は、元々の12名から9名に減りましたが(本来のバーベキューは夫婦同伴が原則のため)、元々の、いえ、一部現役を含めての飲み会に変更。


昨年のバーベキュー。

そして今年・・・



午後1時から、というので、午前中に近くのスーパーにつまみ類を買出しに行き、自分で飲み会準備をしてテーブルに並べての参加!

パナマに駐在する現役も、現地時間夜の11時過ぎなのに参加してくれて、日本側の8人と一緒に近況報告やら世間話やら・・

この「オン飲み」もすでに3回目。

都度、いろいろな、普段はあまり会わない方々の近況を知ることも出来、また次の機会を計画して終了。

まあ、こういったオンラインでの催しも気軽に出来るようになって、いい時代になったものですが、それでもやはり直接会ってよもやま話をする方がいいのは変わり有りません。

次は8月に(もし出来たら)夏のゴルフをご一緒する、ということでお開きとなりました。

皆さん、この外出自粛の中でいろいろと取り組んでいるようです。

この機会を、単なる「規制」内でじっとしているよりも、なんらかの、こんな時でしか出来ないことに取り組んでいるのは素晴らしいこと。

見習いたいものです。

 外出自粛もすでに3ヶ月目。

日々の生活がこの外出自粛になってかなり変わりましたが、さすがにこれだけ長く続くとだんだん、それが「日常」になってきつつあります。

ただ、もともと腰痛持ちのリンロンとしては、この外出自粛で家にこもっていると椅子にすわっている時間が長くなり、どうしても腰痛が悪化しがち。

本当は適度な運動をした方がいいのでしょうけれど、ジムも3月から休会し、ゴルフも自粛する中で、唯一の運動になっているのはどなたも同じかもしれませんが、近所の散歩^^

午前中に一度、午後に一度と二度に分けて毎日歩いていて、毎日ほぼ1万歩はクリアしていますし、時々は遠出をして1万6千歩とか歩いたりしますが、さすがにそこまで歩くと結構疲れます^^

そうやって散歩にいそしんでいるのですが、それ以外の時間はやはり家にいるとどうしても座っている時間が長くなるのは避けられません。

パソコンを見るにしろ、本を読むにしろ、TVはあまり観ませんが、その代わりにやっぱりパソコンでYoutubeやらAmazon Primeやらで映画を観まくったりしているので、どうしても長時間座ることになる。

で、そうなると座る椅子が問題となるわけです。

3年前に日本に帰国して家を購入したあとに、一通りの家具をそろえたのですが、その中に、「私専用」のオフィスチェアがあります。

こんな奴 ↓



これ、1万円ぐらいの安物ですが、普段、腰が痛くないときはすわり心地もいいし、ハイバックでリクライニング付きなので、足を「ピアノの椅子」(!)をオットマン代わりにして足を乗っけたりするとなかなかのすわり心地^^

ところが、今のように腰痛が酷くなってくると、この「柔らかさ」とか「すわり心地」が逆に災いして、どうにも長時間座っていられない・・・

そこで持ち出したのは、近くのニトリでアウトレット品として安価に購入してきたダイニングセットのお余り品 ↓



これは当然リクライニングもしなければ、柔らかくもないのですが、この硬さが逆にいい、ということが分かり、今はもっぱらこれを使っています。

そして、腰痛もちの私は以前に、椅子の背につけるようになっている「腰当て」(ランバーサポート)を購入していて、それをこの椅子につけるとなおいい!



かくして、せっかく「良さげ」なデスクチェアを買ったのに、今はほとんどこのダイニングチェアを使っていて、デスクチェアの方は無用の長物と化してしまっています(笑)

 考えて見れば変な話ですよね。普通だったらリタイヤ後の経済設計というのはリタイヤ前に、あるいはリタイヤ直後に終わっていなければならないハズですから・・・

ただ、「設計」に関しては「計画」という意味において、一応過去の「悠遊自適シニアライフ計画」のいくつかの記事で書いてきたとおり、ほぼ終わっていたのですが、いざ実際の生活となると、例えばアメリカの家の売却にしても、日本の家の購入・ローン組み立てにしても、また日本の年金申請・受給に関しても、どれもが当然「計画」であって、予定した通りに行くとは限りません。

一つ一つ、

第1段階:アメリカの家の売却

第2段階:日本の家の購入

第3段階:日本の年金申請・受給

第4段階:アメリカの年金申請・受給

という感じで、段階を追って設計の現実化を計ってきたわけです。

この第4段階については、3月10日に、

いよいよ「悠遊自適シニアライフ計画」も大詰め!

という記事で触れていますが、そこで、

「そのアメリカの年金、昨年の11月初めに申請を出して、昨日ようやくアメリカ大使館との電話インタビューがあり、やっと正式に申請が受け付けられました。」

と書きました。 その申請に対する結果通知が昨日、アメリカのソーシャルセキュリティーのオフィスより届き、申請が問題なく受け付けられ、この8月より「めでたく」アメリカの年金も支給される!ということになりました。

 

やれやれ、です。

日本の厚生年金は、50歳で早期退職した関係で、加入期間はわずかに27年。一応、受給資格はあるものの、40年の満額受給にはほど遠く、それも若いときの平均給与に基づく年金額なので大した金額にはなりません。

一方、アメリカの方は、給料はそこそこでしたが、加入期間が1991年から2017年とほぼ日本の厚生年金加入期間と同じ27年。

なので、年金も、日本と同額ぐらいの水準になり、これが受給できて初めて「リタイヤライフ」の生活基盤が確立される、という意味に於いて、今回の「第4段階」は非常に重要なものでした。

あとは、この記事でも書いたように、奥様関係の年金が日本のそれが5年後、アメリカのそれが7年後、とあと二回手続きが必要ですが、まあ、とりあえずは、それを当てにしなくとも生活できるレベルには達した感じです。

昨今のコロナウィルス騒ぎで、経済的な影響、特に非正規の方々の失業や収入減への影響が取りざたされており、その深刻さはかなりのものになりそうです。

そんな中、年金だけで生活できるわけですから、これはもう贅沢すぎるかもしれません。

なので、今度、(いつになるかわからない)「特別定額給付金」の10万円が支給されたら、全額、社会福祉協議会に寄付をするつもり。単なる自己満足でしかないかもしれませんが・・・。