一つの理由は、なんと「禁煙」(笑)
昔はたばこを吸ったので、昼夜となく、たばこを吸うために「屋外」に出て、それが夜だったら夜空を眺めたりしていたものだが、たばこを止めてからはそんな「機会」もめっきり減ってしまった。
もう一つは、「空の広さ」。
以前にも書いたような気がするが、アメリカに住んでいたころと、今住んでいる日本のこの場所では、普段見える「空の広さ」が違う。 もちろん、アメリカの住宅地に居た時に見えた「空」の方が圧倒的に広かった。つまり、今は下手をすると空に気がつく機会も減ったような気がする。
もちろん天気は気になるので、時折は空を見上げるけれども、それは雲の多寡を見るぐらいで、空そのものやましてや「星」などを見る、ということがあまりない。
そんな時、図書館でふと目に付いて借りてきたのがこれ。

もちろん全ての科学分野はここ数年加速度的に進歩していて、ちょっと前の「常識」が今の「非常識」になることも珍しくない。
そして、中でも物理学、それも量子論や天文学などの分野は、本当に面白くなってきたし、5年も前の本だともう「古い」。
そこにこの本が目に留まって出版日を見たら2018年7月、とあり、これならほぼ「最新」の話が書かれているようだ、と、久しぶりに「ブルーバックス」シリーズを読むことに。
今の私達の宇宙は138億年前にビッグバンによって誕生した、ということが「ほぼ」定説になってきているので、じゃあ「宇宙の果て」は「観測可能な空間的な限界」と考えたときには、半径138億光年なのかな?と思っていた。だって、今見ている「光」は138億年前にその星(や星団)が発した光が138億年かかって私たちに届いているのだから、その星までの距離は138億光年だ、と思っていた。
ところがどっこい、光が進んだところはその後も膨張を続けているので、138億年前に発した光を今の私達が見ると、そこは「現在」ではなんと464億光年離れているらしい。つまり、この464億光年が「観測可能な限界」だ、と言う。
そして、その「観測可能限界」の向こうはどうなっているのか、という点に関しては、少し前までは「分からない」としか言えないものだったのが、今の科学ではある程度の「推定」が出来ると言う・・・・これは楽しみ。
このように、この「果て」には、空間的な観測可能な限界としての「果て」と観測可能限界を超えての「宇宙の果て」があるが、もう一つ「時空」と言った時にはもう一つの尺度である「時間」的な、「過去への果て」がある。
この「過去への果て」は当然、ビッグバンがその「果て」になると思っていたのだが、ここにも「それ以前」についての考察が書かれているという。こちらも楽しみ。
久しぶりに「宇宙」というものを考えて見るのも悪くないな、と。
にほんブログ村