現代の「宗教」 | 57歳からのピアノ

57歳からのピアノ

思い切って、ここは「音楽」関係、それも、2011年から始めたピアノの話題を中心につづっていく事に。
 ★2019年1月 65歳! ピアノを始めて丸8年が経過。上達どころか後退か??ながら、少しでも前に進むよう楽しみながら継続中。

 考えることがあまりにも多く、頭の中は却って混沌としていて整理することさえ出来ない。

 最近読んでいる本の一冊、一冊ごとにこのブログで書くような感想は掃いて捨てるほど出てくるけれど、それらを書く気力も能力もないので、ただただ読み飛ばしている。

 最近のテーマは図らずも「宗教と科学」というものに偏っている。

そこで現在の世界で一番大きな影響を全世界に及ぼしているのはなんだろう?と考えると、それはキリスト教でもイスラム教でも、もちろん仏教やヒンズー教、ましてや幸福の科学でもない。

それは「科学教」と「経済成長教」とでも言えるものの二つではないか、と思える。

「科学」と「宗教」はかつて対立していたりお互いを敵視したり包含しようとしたり、あるいは完全に混ざり合わないものとして別個に存在していたかもしれない。

しかし「宗教」という言葉の定義によっては、今現在の私達の「科学」に対する「信仰」とでも言えるほどの傾倒ぶりを考えると、まさしく「宗教」と呼んでいいほどのものになりつつある。

そして、同様に「経済成長」という「目的」は、今や自由主義国のみならず、中国などの社会主義国あるいは共産主義国でさえ、その国家としての方向性はそこに照準を置いているし、一見すると複雑怪奇な国際情勢も、この「経済成長」という観点で見渡すと一気に霧が晴れてくるようなことがままある。これも見方によっては一つの「宗教」とでもよべるのではないか。

 この二つの宗教。

日本人は昨今、一般的には「宗教」とはいかがわしいもの、あぶないもの、できれば近づきたくないもの、という捉え方をしがちだが、そういう人たちでさえ、これら二つの「宗教」にはそれとしらずどっぷりと足を踏み入れているし、そのことに気づきもしない。

これからの50年。

今までの50年とはその変化スピードはますます加速し、昔10年後の世界をある程度想像できたかもしれないが、今は10年後を想像するのは甚だむずかしい。ましてや50年後、私達の子供が成人し、孫の世代になろう、としている未来・・・

この二つの「宗教」はいったいどうなっているんだろう、と考えざるを得ない。