昨日の記事で書いた今年度の家計赤字を招いた生活費の支出内容と、来年度の予想収入とを見比べながら、来年の収支計画を作っています。
思えば、50歳でやむをえず日系の会社を早期退職し、アメリカへ戻って仕事がないままぶらぶらしていた時から目指していたのは「経済的自由」でした。
あれから紆余曲折があって、一度はサラリーマンに逆戻りしてアメリカの会社に席を置いていたこともありましたが、アメリカの不動産ライセンスを取得して不動産のエージェントとしてやってきたりした中で、なんとかその経済的自由、つまり「あらゆる経済的リスクからの独立」という目標を追っていた10年だったような気がします。
62歳でそのアメリカの会社も辞め、64歳で日本に戻り米国永住権を放棄したのが今年の初め。 その時点でも、その「経済的自由」というのは完全には達成できていませんでした。
よく言われるように、高齢社会の問題とか老後の不安というのは、その多くが経済的な問題に結局は行き着きます。
そして、その最たるものは、定年後の限られた収入と、ある程度の生活を維持するための生活費との間にあるギャップを、定年までに蓄えた「資産」を切り崩して埋めるしかない、という現実でしょう。
つまり、生活費>収入という状況であるかぎり、老後に備えて蓄えてきた資産を切り崩して生活すると、その資産がだんだんと減って来て、平均寿命の伸びとあいまって、いったい自分の「資産」はいつまでもつのだろうか?という「不安」が生じ、この「不安」にこそ、その「老後の不安」という問題の一番大きな原因があります。
この「不安」を無くすのは簡単です。
「支出>収入」というのを「支出<収入」にするだけですから。
そうすれば、ある程度蓄えていた「老後の資産」を切り崩すこともなく、その「資産」を万が一の時のために温存しておくことが出来、そのことによって「不安」が大幅に軽減されるからです。
もちろん「不安」の原因は挙げていけば切りがなく、「健康」「事故」「身内の不幸」はたまた「天災」や「犯罪」まで、心配したら切りがないわけですが、「ある程度」の不安の軽減にはこれが理想でしょう。
なので、今年度のように「支出>収入」ということで家計が赤字になる状態というのは、この理想からするとまずいわけで、これから作る「来年度の収支見通し」ではなんとか「支出<収入」という枠内に収めたいと画策しています。
かと言って、やりたいことも諦める、という方向には出来るだけ妥協したくない。
事業のスリム化と同様、家計においても「選択と集中」でしょうかね。
スリム化と 言ったらくれた ワンコイン (小遣い亭主)
連休は 奥様海外 俺るすばん (別会計でね!)
にほんブログ村