ピアノが全然上手くならない理由(わけ)(2) | 57歳からのピアノ

57歳からのピアノ

思い切って、ここは「音楽」関係、それも、2011年から始めたピアノの話題を中心につづっていく事に。
 ★2019年1月 65歳! ピアノを始めて丸8年が経過。上達どころか後退か??ながら、少しでも前に進むよう楽しみながら継続中。


 今日は午前中と午後の二つの授業があり、10時前に家を出て、つい先ほど、5時少し前に帰宅。

 今日の講座は「あやしい科学の見分け方」と「生きがい論」。
どちらも、非常に面白く、特に「あやしい科学・・」の方は、今日のテーマが放射能についてで、一見科学的と思われるような放射能、放射線、放射性物質、原子力、などなどについてのデマ、流言など、それこそ「あやしい科学」があちこちに顔を出す分野で、授業では、簡単な原子物理学の説明やら原子爆弾や原子力発電の基礎みたいなところから始まり、東日本大震災による福島原発の事故にからんで起きた多くの「事件」を扱っていました。

この放射能に関する「あやしい」科学は、もちろん全くの非科学的なものもある半面、かなりの部分が「まだ解明されていない」「推定にすぎない」あるいは「そのような意見もある」程度の理論や説明をさも一般的にも認知され、学会でも広くコンセンサスを得られているようなフリをして持論を展開するもの。 気をつけたいものです。

<閑話休題>

 さて、今日の授業内容についてブログを書いたら10回や20回では収まらないほど面白いのですが、せっかく昨日「ピアノが上手くならない理由」を書きかけたので続きを。

 「興ずれば ノックが鳴るなり 我が家かな」

私が部屋にこもって電子ピアノで練習していると、ときどき奥さんがドアをノックして入ってきて、

 「音量を下げるか、ヘッドフォンでやって!」

とおっしゃる。

つまり、これが私がピアノが上手くならない理由・・・・・

なわけないか(笑)

 まあ、上手くならない理由を書くと、当然のことながら「言い訳け」になるのは目に見えているのですが、それを覚悟で二段階で書いてみます。

上手くならない理由、それは、もちろんその第一段階は、

「練習していないから」(笑)

 あるいは 「練習も目的を持ってやっていない」、そして「課題意識を持って練習してない」「集中してない」などなど、いくらでも表面的な理由は挙げられます。

しかし、ここで書こうとしているのは、「じゃあなぜ『練習しない』のか」。

ここからは、一般的な話ではなく、私自身の性格の話になりますが・・・

まず第一に、「結果にあまり執着しない」性格。

スポーツでもそうですが、負けてあまり悔しい思いをしたことがない。つまりスポーツは好きでよくやるし、試合もするのですが、それで負けて悔しい!⇒もっと上手くなるため練習しよう!!という回路があまり働かない。

私がやっている卓球でも、今話題のみう・みまを出すまでもなく、あの愛ちゃんだって、子供の時に泣きながら練習をした、というほど負けず嫌い。 この「負けず嫌い」がまず自分にはない。

どちらかと言うと、そのスポーツをやること自体を楽しむのであって、試合に勝って喜ぶことが目的にはならない、という感じでしょうか。

勢い、スポーツの勝ち負けにはまったく関心が薄く、プロのスポーツにしてもほとんど関心が無くTVも見ない。ひいきのチームの勝ち負けに一喜一憂する人の気持ちがよくわからない。

 これが音楽でも同様で、ピアノを弾く ⇒ 上手く弾けない ⇒ 悔しい ⇒ もっと練習して上手くなりたい!! という回路が全然働かない(笑)

そりゃ上手く弾けたらいいなあ、と思って、それなりに(一日20分ぐらい^^)練習するけれど、それで上手くなるとは自分でも思っちゃ居ない。これでは現状維持もおぼつかないのは分かっている。

でも続けているのは弾いている時はそれなりに楽しいから。これだけ。

練習で苦しむなんて、あるいはピアノ教室に通って、レッスンの前日だけ焦って練習する、なんてあまりやりたくない。

もちろん、苦しい練習を乗り越えて初めて得られるものがあるだろうし、目的を明確にして集中した練習をすることが上達には欠かせないことも分かる。でも、その気にならない。

 個人的な理由の二番目は、「美的感覚」というか「美しい」と感じる感性。

よく、音楽を聴いたり、人の演奏を聴いて感動した、という話がありますが、私自身に関して言えば、「感心した」ことは何度もありますが、感動したり、それで涙が出る、なんて経験はまったくない。

そりゃ「いいなあ」という音楽や演奏はあります。なので、自分でピアノを弾いていても、少しでも自分自身は「いいなあ」と感じるレベルに近づけたい、とは思います。つまり、「自分なりの目標レベル」というのは、時々刻々変化はするけれども一応は持っているつもり。

しかし、最近感じるのは、その「自分なりの目標レベル」がかなり低いんではないか、と疑っています(笑)言いかえれば、「ある程度満足してしまう」レベルがかなり低いのではないか、と。

三番目の理由は、目標がない。

よく、何を目標にピアノを弾くか、という話が出ますが、人によっては「あこがれのあの曲を弾きたい」とか「バッハを弾きたい」「モーツアルトを弾きたい」、あるいは「コンクールで入賞したい」や「音楽高校や音楽大学へ進みたい」などの目標があるんでしょうけど、さて自分は?となるとあまり明確な目標がない。

最後に、上記の三つの理由が

「それでもいいじゃん!」

と思う性格かな?(笑)

 音出せば 一つ違うよ オクターブ

 気持ちよく 弾いたはいいが 「拍子」抜け