かの中村天風が、息も絶え絶えになりながらも、旅先で出会ったインドの聖者についていき、ヒマラヤの麓にある村に滞在し、「師」が教えてくれるのを今か今かと待っていた時のこと。
天風はこの時、というより、このインドの聖者に会う前から長く、「奔馬性肺結核」になり、大量の吐血を繰り返し、世界中の名医に会っても治してもらえず、死を覚悟しての旅だった。
しかし「治してあげるからついておいで」と、この聖者に言われ、はるばるとアフリカからインドのそれも相当な僻地にまで付いてきたのだった。
しかし待てど暮らせど、「師」は一向に何も指示せず、何も教えてくれない・・・・
そんなある日、天風はまた血を吐き、「苦しい、苦しい」とわめいていた。
と、この「聖者」は、そんな「苦しい」とか言って何か役に立つのかね、と聞いたという。
当然、天風はカッとする。
人が苦しんでいるのを見て、それを慰めるでもなく、治そうと何かするのでもなく、単に
「そんなことを言って、何か病気が良くなるのかね?」
と、まるで皮肉のように言われたのだから・・・
しかし、やがて天風にも、この「師」の言いたいことが分かる日がやってくる・・・・
「心の力」を理解し、実践した結果、天風は、世界中の名医を回ってさじを投げられ、あとは死ぬしかない、と覚悟を決めたこの病気を、まさしくこの「聖者」が言ったように「治し」てもらったのだ。
「直してもらった」というより、自分で治した、と言った方が本当ではあるだろうけれど、自分で治せるように、「師」が導いてくれた、というのが正確だろう。
ということで、私がここ数日、
「何か低調だなあ~」
と嘆いてみても、それが何の役にも立たないことは重々承知している。
「不調」というほどのことでもないが、精神的に「低調」・・・・・
これを以て、「平穏無事」という見方さえ出来るのかもしれないが、そして、それこそが多くの人が求めている状態かもしれないが、それでも私個人にしてみれば「低調」と言わざるを得ない。
もう60歳、しかし、まだ60歳。
周囲に流されるだけの日常に埋没するには、まだまだ早すぎる、ということか。