ちょっと前に「目的と目標」とか書いていましたが、じゃあピアノを弾く目的って何?ということについてはまともに書いたことがありませんでした。
で、今日はそれを考えてみたわけですが、結論から言うと
「人生を楽しむため」
です。
ということで、今日の日記は終わり・・・・
にしてしまってもいいのですが、それじゃあんまりですんで、もう少し・・・。
この「ピアノを弾く目的」と言うのは実に個人的なものなんで、人によってはさまざまでしょう。
ある人は「自分の演奏を通して自分を表現するため」とかプロであればさらに「自分の音楽を通して人々に癒しや感動を与えたい!」とか、あるでしょうし、
また人によっては「精神安定剤」やら「日常からの逃避のため」なんてのもあるかもしれません(笑)。
これらは「目的」であって、「目標」にはなりませんよね。
で、私の場合は、もう少し詳しく書くと、
「ピアノを弾くこと自体はもちろん、その練習で壁にぶつかって苦労したり、それを克服するためにあれやこれや考えたり、課題を設定してそれを達成するなど、もろもろのことを全てひっくるめて楽しみたい。」
という感じでしょうか。その意味では余り簡単に出来ることではないし、奥が深く、どこまで行っても「これで終わり」ということのないピアノ(に限らず、ですが)はうってつけの「素材」かもしれません。
そう考えた上で、じゃあ、次の「今現在の目標は?」ということを考えてみると、この「人生を楽しみたい」が究極の目的ですから、それにそった「目標設定」でなければならないわけです。
今までこのブログでいろいろと「目標」を都度書いてきました。 曰く、
「楽譜を読んで弾けるようになる」
「ブラインドで弾けるようになる」
「初級ぐらいの曲だったら初見で弾ける」
とか、いろいろありました。
実は、今日、久しぶりに、ちょっと前にやったブルグの「天使の声」とか「舟歌」を弾こうとしたら、しばらく弾いてなかったら全然弾けなくなっているのに愕然としました。
「楽譜」を覚えていたわけではなく、指の位置と動かし方を覚えていただけですから、その「位置情報」の記憶があいまいになると、とたんに弾けなくなる、というわけです。
そう考えると、たまに奥さんに「じゃあ、ちょっとこれ弾いてみてよ!」と言うと、「ブルグは、25曲の中で、やったことがあるのは5~6曲しかないから・・」とか言いながら、初めてらしい曲でも楽譜を見てすぐに弾き、その演奏が私が一か月必至こいて練習して到達したレベルよりも全然上、というのはすごいことですね。
これ、これ、こういうのを目指したい! と言ったら
「100年経っても無理!!」
とあっさり切り捨てられましたが・・・^^;
で、あらためて、そういった「目標」に対して、今やっている練習ってどうなの?と考えてみると、どうもこの目標に向かっていないような気がしてきました。
ちょっと前に「急がば回れ」でも書いたように、子供が長い時間をかけてやっている練習、つまり拍感の養成、鍵盤感覚の養成、初見の練習、聴音などなど、大人は全てすっとばして「好きな曲」「弾きたい曲」に飛びつき、それをひたすら練習する、という形になりがちです。
しかし、「子供の上達」と「大人の上達」を比べてみると、典型的なのは下の図のようになるんではないか、と思います。
―子供と大人の上達度曲線比較―

子供は、当然それぞれ違うでしょうけれど、ある程度の曲が弾けるまでに時間がかかるのに対し、大人は、楽譜を読めるようになるスピードも速い分、すぐにある程度の曲が弾けるようになる・・・・
でも、その「面白さ」にはまっている間に、うさぎとカメではありませんが、子供は着々と(笑)基礎力を付けている・・・・
で、ある程度の基礎力がついた頃から子供はグングン伸び始めて、大人は基礎がないもんだから、その辺りから停滞するか、伸びたとしてもゆーっくりにしかならないし、下手をすると変な癖がついてしまって、すぐ頭打ちになる・・・・
この「変なクセがついてすぐ頭打ちになる」というのは独学の場合は特にありがちなんで、私も意識してはいます(が、当然限界はあるでしょう)。
ただ、このウサギとカメの「カメさんの継続努力」は、なかなか「楽しくない」ものだから大人は出来ない。
しかし、これが、上に書いたような「目標」を達成するためには不可欠の条件だとしたら・・・・
今やっている練習を、全面的に見直す必要があるのかもしれません。
もし、そうだとすると、今一番やるべきなのは、ブルグでももちろんソナチネでもなく、バイエル、あるいはもっとさかのぼって、いつか書いた「初見と聴音」のテキストこを真面目にやる必要があることになります。
そう言えば、「初見と聴音」の本、一冊目を終えて二冊目に入っていますが、最近サボり気味・・・・ あれをまずは第5巻か第6巻ぐらいまで(バイエルレベル)やるのが最優先かもしれません。