戸惑う三月の寒暖差。
またこの季節が巡ってきたかぁ、と言う感じです。

何かに徐々に押し出されていくような、
何かにじわじわ寄り切られていくような。

相手もいない土俵の上で一人相撲の春場所、こうしてちゃいられない筈の季節に、寝転んで体に土つけて、はぁやれやれと今日も土をはらっているような日々であります。

そんな日々、
最近読んだ本が久しぶりに誰かに伝えたい気持ちになるような読後感。
おもしろかったぁ!

並行世界を描いているのでジャンルとしてはSFになるのでしょうが、物語の何とも心に染み入る美しさ。
あぁSFね、なんて思わないで。(SFは文学じゃないと思ってる人がいたら。)

「僕が愛したすべての君へ」と、
「君を愛したひとりの僕へ」。

の、二冊 同時刊行本。(著者、乙野四方字)

どちらから先に読んでも構わないとの事ですが、私は 「ーすべての君へ」を先に、
「ーひとりの僕へ」をあとに。

そしてもう一度、しみじみと、先に読んだ 「ーすべての君へ」 を読み返しました。

うぅー染み入るー、なのでした。

あと、今読書中なのは、写真家の植本一子の「かなわない」。
エッセーと日記。
まだ途中です。

本を読む時期と、何にも読みたくないわと言う時期があり、今暫し本に手が伸び出した時節であります。
基本は、ぼぅ~っとしていたい人間です。

乗り物の中でうつ向いていたくない、スマホや本を読んでいられないボサッ~としていたい人間です。

ボケるかな?

そんなこんなのとりとめのない久しぶりの記事更新でした。

失礼しました (^^ゞ

あ、余談でありますが、ドラマ「就活家族」面白かったです。


悲喜こもごもだった2016年もいよいよ終わりです。

私事で言えば、今年春に鬱的症状に落ちいり、
もう、どうしたものか、一生暗い気分から逃れられないような心持ちだったのが、ほんのひと月たてば、何とはなく明るい兆しが見え始め乗り越えられたこと。
(今思えば、単なる冬季性鬱だったのか?)

夏の始めには、屋久島を旅してたくさんの場所や人に出会い、

夏真っ盛りの頃には、地元で日々海水浴にいそしみ、

秋は、神戸の街中で繰り広げられる芸術祭を楽しみました。

そして、この冬は、鹿児島から熊本・天草、長崎市内、長崎五島列島、福岡博多、門司と旅してきました。
(期末テスト中の高校生を留守番させて。)

九州は過去何度も旅してきましたが、今回新たな歴史の発見をしたことは大収穫でした。
(旅することで発見!)

そして、それぞれの場所でいろんな立場の人々と出会えたこと。
あらゆる縁に感謝です。

途方に暮れていた春には予想しえなかった未来のひとつひとつでした。


2017年、誰の未来にもたくさんの笑顔が有りますように。

皆さま、良いお年を。



部屋の寒暖計が久しぶりに30℃。
昼間、家事に立ち動いていたら汗ばむ陽気でした。

しかし、日が暮れると秋の虫の鳴き声。
少し冷えた夜風がながれこみ、
日付はもう九月の終わりかと再確認。

指折ってみれば今年もあとたったの3本じゃないですか!
ひぇー!

ついこの間、春がきたー、桜はらり はらり。 
つい先日、夏休みー、風鈴チリンチリン、蚊取り線香ゆらりゆらりとしていた我が家なのに、

今はもう秋。
あっという間に夏は過ぎ、もう今年も、また終わりか。

古くなったタオルをまとめて紙袋に入れ、

【使い捨てOK雑巾 年末大掃除にむけて】

と題して置いておいたら、
家族が、えぇー!もう年末?
今から年末? とビックリしていた。

なんでビックリするかなぁ~?
夏終わったら もはや年末やろ、気分は年末。
あぁ、また終わる。そんな気分しかありませんわ。

しかし、家族は、
「まだ九月、夏の終わり頃やん!」
と言う感覚らしくて、年末と言う言葉は程遠い先の話らしい。

いいな、
そんな軽やかな時の移ろい感で。
心持ちが若い証拠だ。
そしてわたしの終末感は、心持ちが老いてる証拠だ、と思った。


そんな、心がめっきり老いました、の私は、この夏、屋久島を旅してきました。

命儚きこの人生 (人の生などたかが一瞬の明滅)、
しんどい事するのいややけどー、何かと避けてたら、なんの経験もないまま明滅が滅するのもまたアホらし時の移ろい。

行かねば! 古代の森に行かねば!
この目に縄文杉を映しておかねば!いつ行くねん!
思い立ったら、行ける時に行かねば儚く死んでいくよ人は。
行きます!がんばって歩きます!

縄文杉までの道程は、思いの外遠く。
長い長い十数時間の登山。

宮之浦~白谷雲水峡~太鼓岩を経由して縄文杉へ。
縄文杉上の山小屋に一泊して、翌朝、ヒザがなんか痛ぁ~いの を、駆使しつつ下山下山。
道程最後のトロッコ道を延々歩いて荒川登山口にゴール。

もう行きたくない!
もうあんなしんどい道程、二度と行かへんよ。

日帰りコースに設定して、白谷雲水峡と縄文杉を二日に分けて行けばさほどしんどくはない道程ではあった筈だが、せっかくだもの、
縄文杉の山の中で眠りたい、屋久島の山小屋で眠りたい。
思い立って動く今日と言う日が、今生の一番若い日。
ふくらはぎにしっかり筋肉のついている この今のうちに行かんでどうする。

と思って登山したものの、甘かった。
半端なくしんどかった。

しかし、満足じゃ!
行った!
 

屋久島では海ガメの産卵を見ることもできた。
感動する。
地球に生きる生物の大自然の営み。

海辺の温泉から ひょいと岩の浴槽を越えて、波打つ海の中へ入ると、水族館の水槽の中を覗いて見ているかのような色とりどりの魚と珊瑚の海中。

屋久猿(ヤクザル)に屋久鹿(ヤクシカ)がそこいらに。おるわおるわ。

東シナ海に沈む夕日。

すべてこの私の日常にはあり得ない景色。

東シナ海の遥か遥か先を眺めていたら、
この海の上で、海域の争い事も頭をかすめる。


一週間の屋久島旅。
雨粒ひとつなく、
降るような星空の下、(流れ星がいくつも落ちる)
同じ旅人として出会った若き人々、海外からやって来た人々、
そして土地の人々との交流、

今はもう皆同じ時間経過の中、それぞれの日常。

明滅の中、見えたり見えなくなったり、多生の縁。


ひと夏の思い出は、鮮やかな色彩で今も光を放っています。




三月は苦しかった。 (苦しくなったきっかけはひとつ前の記事に)

不安と焦燥感と息苦しさと。


寝ても覚めても全てが絵空事の日常で、

もう死ぬまでここから一歩も抜け出せないと思う心の沈み。


この私でありながら私でないような日々に、

どう自分を向きあわせつつ誤魔化しつつ生きていけばいいのかと、

息苦しい日々。


ほんとに苦しかった。

心から笑えることなんて そんな軽やかだった日々はもう二度とないと思ってしまう、

ずぶずぶと心の暗闇で息絶え絶えの心境だった。



こんな状況を打破したいと、情報や対策を調べれば調べるほど、またさらに暗くなる。

暗くなるので、関連するようなキーワードを次から次と捜しあて調べることはやめた。


心の中で自問自答のくり返し。

自問自答は堂々めぐり。


何にも興味が持てず、ただただ時間の経過を眺めているだけのように、

誰も彼もが別世界の人のように見えた。



平穏に日常を何とかやり過ごす為に、

踏ん張って通常に行動する、必死で。


街の中で座り込みたくなるような怖さが時おり ざわ~っと もわ~っと おそってくるのを必死で耐え、

買い物に出たスーパーでは平穏な安定した心もちの主婦のように、ゆっくりと食材をかごに詰める。


誰も彼も、今にもここに発狂寸前の主婦がいるとは思わないだろう。

息がつまりそうな困難でカート押してるとは思わないだろう。


あぁ、 誰か助けてー!と叫びたい。  わーーーーーっ! って乱心してしまいたい。


そんな気持ちを抑え、

何も考えないように、心の中を空っぽにして 目の前にあることだけに神経を使う。


なのに ふとした瞬間に、 想いが逆行し始める。

遠い記憶が突然呼び覚まされたり、

まだ来ぬ未来に恐れを抱いたり。


深みに嵌りそうな手前で必死に打ち消し平常心を整える。 


苦しい。

もう毎日が苦しい。 苦しかった。



自分はいったい今どこに立っているんだろう。 

ふと、 私はいったいどこで生きているんだ?と思った。

気がつくと、頭の中は過去と未来を行ったり来たり。 


そんなある日、身体を横に休めている時、舞台の台詞のような言葉が頭にバッと太文字で浮かんだ。

「自分の今の時間はどこにある?!」


過去と未来の悔恨やら悲哀やら恐怖やら、どうにもならない時間と距離の継続やら、

自分はいったいどこの立ち位置から物事を見てるんだ?と自分に疑問をもった。


自分の親はどうやって生きていたんだろう。

自分の兄弟はどう生きているんだろう。


街の人々は皆どんな精神安定をもって生きておられるんだろう。


三月のある日の私は、夕食準備の調理ために包丁を持った途端 手が震えた瞬間があった。

自分で思う以上に、精神が病んでいるのを感じた。

その時何となく、世の中の事件の片鱗を見たような気がして、人って弱い生物なんだなと思った。


そうやって、 自分を見て人を見て。


心療指南のような書物は一切見ず、 世の中に平和に置かれている一般文芸書の類を 夜毎 寝床で スタンドの灯りの下眠くなるまで読む日々。

気を散らすため。



そんな日々の何が効を奏したのかわからないけれど、 気がふれそうな、パニック症的な不安感や焦燥感やらに襲われる頻度が三月の末日頃から急にぐっと低くなった。


あ、私、心が軽い、明るい。 大丈夫。 と思える時間が増えていった。

そんな中でも、時に予期せぬ記憶の媒体の結びつきが起こって、ずぶずぶずぶと、ぬかるみに嵌りそうな心境にもなる。


そんな時思う。 何かの本の文章にあった 「人生は夢なんだ」 と。 

「今まで生きてきた、 この事こそが夢を見ているようなものであったと死ぬ時思う」 と。 


夜寝て見る夢、 うたた寝して見る夢 いろいろあるけれど、

人生そのものが映像のように見ていた夢ならば、 不安や恐怖の場面は出来るだけ少ない方がいい。


夜や、うたた寝の夢はコントロール出来ないけれど、人生と言う日々の夢場面は、自分でコントロールが可能じゃないか。


いつかの時代の、私の精神不安定のきっかけとなったシベリア抑留記事の時代の人々の人生とは計り知れなく広く大きい。


そんな広大な夢の中で何を私は病んでいるのか、何を呼吸困難に陥っているのか。



↑ ↑ ↑

_____ と、 ここまでは、 


先月に記したまま置きっぱなしになっていたもの。

まだ若干 精神に波があった四月の中頃の心境。



それから時は流れて早五月! 

立夏も過ぎて、 新茶の幟が立って、 チマキ食べ食べ、 衣も半袖の日が多くなり。


目に映る若葉の軽やかさが、色とりどりの花の明るさが、 

沈殿していた澱を溶かし薄めたのか、 


あれは何だったんだろうと、 三月の自分を平穏に振り返ることができる この五月となりました。


今 振り返れば、たかだか数週間の混乱。

長く長く永遠に続くようなぬかるみに感じていたけれど、

ほんの数週間の混沌。


いったい、あの異常な焦燥感は何だったんだろう。


時に鬱のような病は数年にも渡って患う話も耳にしていて、

抜け出せる自信もなかったのに、

するりと何かが 勝手に、 自然に、 めくれ落ちたような気楽さが広がっていった。



あぁ、よかったぁ、 安易に薬に頼らずに。

あぁ、よかったぁ、 安易に指南書まがいのビジネスのカモにならずに(笑)


いや、ほんと思った、 人の弱みにつけこむ丸儲けビジネスの多いことよ。 (個人的見解です)


弱ってるときは、ほんと頼りたくなるものだけど、 (そういうものがやたらと目につく)

なんだか目を通していると途中から、なんかやたらと 金・カネ・銭や! を先に出しなはれや! と言うような指南にもっていかれることに、 はぁ~? ここまで のたりくたり引っ張ってからになぁー と言う感じ。


お金払うんやったら、自分から門叩いて公的な機関受診するわ! と、言う感じ。


まぁ、 その時々に何に出会うか、何を引き寄せるか、 それも生きていく醍醐味で、 ひとつひとつ丁寧に見聞、生きる、ってことに尽きるのやなぁ~~~。


良きも悪しきもほどほどに手触りを感じつつ生きていくのが面白みかな? なんて事を机上にのせつつ、


やっぱり ようわからんわ!

もう ほんまわからん!


あ~あ。 どないしったて生きていかなあかんねん。


まともに、誠実に。 なら 笑顔の多い日々でいたい。 


それだけのことか。




と、 いま五月の風をうけながら思う おばはんでした。


ひょっとしたら、まだまだ爆弾を抱えているかもしれない思考かもしれないけれど、

ひとつ 越えたのは確かだから、 歩いていける。


日々は鼻歌。 




まだまだ余白だらけの

自分と指きり「諦めないよ」

これから迎える未来も悪くないと思えた


              Shout it Out 「ハナウタ」 歌詞一部






なんだかなぁ~、 しっくり心の置きどころが定まらない不安感。


なんだかなぁ~  なんだかなぁ~  と、日々を過ごしています。


あぁ、これは春のせい? と思いたい。


ある日の夕方、 戦後のシベリア抑留の新聞記事を読んでいたら、 

その体験談にどうにもこうにも呼吸が苦しくなり、

いてもたってもいられない焦燥感に潰れそうな感覚になった。


席を立ち、リビングのガラス戸を全開、 はふーっと深呼吸してみたものの、おさまらない。

あぁーっ、 おかしくなりそう、気がふれそう~。

どうした この私! 異常な焦燥感。


帰宅して、ポワ~ンとテレビを見ていたわが家の高校生に、


「おかあさん気持ちがアカン・・・おかしくなりそうや・・・、あ~たすけて~!(はふはふ浅呼吸)」 

と言ったら、一瞬の間をおいて、 


「それは、・・・テスト欠点とったからやろ~! (ふん!おぅおぅすまんな!」 と言った表情で言う。


おぉ!、コイツ! 高2の学年末テストで単位落とすかー! と、自分でも一応思とる証拠か~ と、別アタマでニヤリしたものの、今の私はそげな事 もはやどーでもええことでおまして、


「ちゃうねん ちゃうねん、いま夕刊の記事読んでて(はふはふ)、

シベリア抑留の話読んでて(はふはふ)、

気ぃ おかしくなりそうなってん! 息苦しいねん!(はふはふっー)」


と言い返したら、 テレビを見つつ背中ごしに聞こえる深いため息を耳にしていた高校生は、てっきり学年末欠点を嘆く母親の怒りかと思っていたらしく、 意外な返答に、 あ・・・そうなん・・・と何と言ってよいのやら真顔で私の顔を見つめる。


そんな幸せな幸せなちっぽけな不幸を嘆くため息とちゃうわ~! (それはキミの自業自得の不幸な!)


はーっ・・・。 この心、どう 落ち着けたらよいものか、動きがそわそわ そわそわ。

あ~、気がふれる~~~。


そや、夕飯の支度しよ、 考えたらあかん! あかん! あかん!

なんとか呼吸困難のまま(浅い息のまま)、 わざと献立手順にせわしなく考えめぐらし立ち動き、

平静を取り戻す。 なんとか。


3月初旬その夕方の、 シベリア抑留の新聞記事がきっかけとなり、 翌日も翌々日も、次の週も 翌週も、 深い不安感・焦燥感に襲われるようになってしまった。


思えば、去年の年の暮れに宮崎・鹿児島を旅した際、

海上自衛隊の鹿屋基地、 知覧特攻平和会館、

特攻の母・鳥濱トメさんの富屋食堂などを見学させていただいた折の、どうしようもなく慟哭するよな想いが自分の中に沈殿していたのも一因かもしれない。


自分の精神がコントロール出来なくなる寸前の恐怖感。 呼吸困難感。


夕方になると憂鬱になる。 夕飯中に憂鬱になる。

道を歩いていても、車を運転していても、ご飯を食べていても、 それは突然、ざわ~っと、

ふわ~っと、 もわ~っと 襲ってくるときがあり、 もはや私、病気か! 脳の病気か! と思い至った。


病気や、 完全なる病気や。 さて、どないしたもんか。


家事をしながら、頭の中で色々思案する。

やっぱり心療内科か? クスリか?

精神コントロール出来ひ~ん って症状出た時、クスリが手元にあるだけで 気ぃ楽になるかもしれんしなぁ~。 なんて思う。


んー・・・、でも、 クスリ飲んだら少しでも本来の人が生きる上での正常な不安感の範囲であっても、クスリを頼って生きていきそうになるんでないの? と言う不安もよぎる。


あ~、なんであの時、あんなに異常な心理になってしまったんだろう。

と思いめぐらしていたら、お!もしや!わたし、更年期なん? 更年期うつか? とまたも思い至った。


そうやそうや、赤ちゃんでも夕暮れになると泣くやん。

カラスも夕暮れなったら一緒に帰りましょ言うて鳴くやん。

みんなみんな、 泣くやん。


暮れかかる頃って物憂げになるのが自然体やん。


わたし人生の暮れなんやわ、きっと。


(アホな高校生がまだおるけど。)


そしたら、漢方もええやん!♪ 命の母やん♪ と思ったけど、

THEクスリ!なんてものをわざわざ摂取せんでもええやん!とも思う。


漢方効くんかもしれんけど、体質も色々あるしなぁ、、、ぴったりマッチングの漢方じゃなかったら もったいないしなぁ~、もったいないしなぁ~って、その労力がな!


それやったら、普段の食事に何か(腸や脳に良さげな)食材取り入れよ!


人間を指令しているのは心か? 脳か? いや実は、腸や! と言うのをここ何年目に耳にしていたので、 まさに腸改善を図ろうと やっとこさ 気ぃふれそうになりながら思い至りましたとさ。


しかし 時節は春。

春は正常でも憂いまっしゃろ~。

異常か正常か、自分の針はどっちにふれとりまんのやろな~。 落ち着かへんわ~。


まぁ、 これが人生か、とでも思いながら 日々精進するほかありまへんのやなぁ~。 

生きるって、


そ言うことなん?