阪神淡路大震災。
14年前の その日の 一日前。
私の誕生日だった。
夜、家族でケーキを食べ終えて、 いつものように食卓の片づけをしていた私は、 ふと微妙に小さな揺れに気付いた。
部屋を見回しても 何も揺れていない・・・、 けれど、 確かに 揺れた。
ほんの わずかな、一瞬の、 揺れとも言えない、 コトン と 何かのネジが落ちたような 小さな小さな気配。
主人も、当時2才だった子ども(現在高校生)も、 何も感じなかったと言う。
一瞬、片付けの手を止めた私は、 しばらく部屋の宙を見て、 また 片づけを始めた。
ケーキの箱、 年の数のロウソク、 リボン、 グラス・・・。
(この時、 後日知った気象庁の発表は、 神戸・須磨沖で 震度1)
お正月の松の内が明けて間もない 翌日 17日。
夜明け前。
まだ就学前の幼子の横でぐっすり眠っていた私は、 何故か ハッと気付くように目が覚めた。
時計は、 5時半前。
いつもなら、 まだまだ深く眠りについている時刻。
外は暗い。
お布団から出た私は、 燃えるゴミの日(火曜日)であったことを思い出し、 家から出ようと支度をしたが、 やっぱり 外はまだ暗くて寒い と、 幼子の眠る布団の横に戻った。
時計の長い針は、 左斜め下を指していた。 5時40分頃。
いったんお布団から出て冷えた身体は、すっと眠りに落ちなくて、 冴え冴えとしていた。
その耳に、 突然 響いてきた 得体の知れない 何かを引き裂くような轟音。
巨大な鉄の塊と、 冷えたコンクリートを 強大な力で擦り合わせたような、 今までに耳にしたことのない轟音。
枕から首だけを上げて カーテンのかかる窓を見つめた。
その地鳴りが響き消えた 空白1秒後。
直後に、すさまじい揺れ。 部屋の隅々が バリバリと音を立てて 歪んでゆく。
バリバリと 部屋が回転してゆく 烈しい高速の振動。
「ゆっさ ゆっさ」 でもなく、
「どーん」 でもなく、
「ぐらぐら」 でもなく。
地震と認知するには、 その認知範囲を超えた余りの烈しさに、 夢か? この部屋だけが異次元空間に抜け落ちたのか? ポルターガイストか? と、 私は現(うつつ)の自分なのか、 何が起きているのかわからぬまま、 烈しく揺れる暗闇の中で、 悲鳴をあげ続けて ころがるばかりだった。
地鳴りと、揺れの始まる空白の1秒。 その瞬間に、私は咄嗟に 横に眠る幼子を抱き上げていた。
長く 長く感じた揺れがおさまった時、 乱れた空気が暗闇の中で ハラハラと順に落ちて重なってゆく感覚。
真っ暗の中、 隣の部屋の 倒れた棚の床あたりから 手探りで懐中電灯を探し当て、(普段から懐中電灯を手の届く場所に置いていた) 灯りをつけた。
散乱した床に放心。
それよりも、 胸をなでおろしたのは、 幼子の寝ていた頭上 横にあった書棚が、 幼子の寝ていた枕元に どーんと 倒れこんでいたこと。
もし、 私が深く眠りこんでいたら・・・、 部屋にいなかったら・・・、
この幼子を抱き上げられずにいたかもしれない。
揺れの中で、夢うつつの幼子を抱き上げることの出来た あの朝の奇跡に感謝する。
外は、 何事もなかったかのように しーんと 静かな夜明けだった。
揺れのおさまった直後、 暗い天から 静かに雪が 舞ってきた。 ほんの 数分。
あの夜明けに、 天から降る雪を この目で見ることの出来た私は、 白い息をはいて 子のぬくもりを胸に抱いた。
あの夜明けに、 天に昇った人々の 魂が、
いま ぬくもりの中で 満たされていることを 祈る。
今なお鮮明な あの日の朝、 5時46分。
