8月 2週目も、 いよいよ過ぎようとする。
来週は、早 お盆。



そして終戦記念日。

あの戦争は何だったのか―大人のための歴史教科書 (新潮新書)/保阪 正康

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お盆も過ぎると、夏休みもカウントダウンの心持ち。


子どもだった頃は、それでも まだ カレンダーをにらみつつ日曜日の回数を数えて、


まだ いける、 まだダイジョウブ・・ と、必死でせまりくるものから逃れる小学生だった。


31日最終日の哀しきこと。


親に、ドリルやらノートやらをパラパラめくられ、


「あっ!これもやってない! まっ!これも全然!」


と 呆れられ、 私は机のイスに小さく縮こまる。


そして泣く。 



泣くと、 母と 年の離れた姉が、 宿題を何とかカタチになるよう手分けして やってくれた。



あの時の母の顔と 姉の顔。 呆れながらも笑っている目に、私はいっぱい甘えた。




お盆の頃になると、その昔、子ども時分に聞いた母の何気ない、


「あかいケイトウの花がすき」 と言った言葉を思い出す。


ケイトウの花? なんでそんな ほんとに毛糸みたいな暑苦しい花がすきなの?と 子ども心に思っていたけれど、


里山で、夏の暑い陽に照らされ一面に咲く ケイトウの花の あの赤い色を見ていると、

何か 心に柔らかく刺さる想いを感じる 最近の私。

それは痛さでなく、何か 喉元に少し痞(つか)える切なさ。






亡き母がおしえてくれた 母の父の話。


母の父、一度も会ったことのない私のおじいちゃん。



昭和の初期、戦争前から おしゃれな母の父は、その当時、着物を着ている人がほとんどの時代に、三つ揃えのスーツを着て、帽子をかぶり、ステッキをついて、小学校に母を迎えにきてくれるような父親だったらしい。


田舎の昭和初期の子ども達の服装も、着物に裸足か下駄。 そんな時代に母は外国製の靴を履かせてもらっていたと言う。


おしゃれで、やさしい父が 大好きで大好きで。


戦争が終わった時、 お父さん早くかえってこないかな  と、毎日 毎日 待ちわびた。


ある日、仏間でひとり、子どもだった私の母がゴロリと畳の上をころがりながら、


おとうさん・・ おとうさん・・ 早く帰ってきてほしい  と、切に思っていたら、


仏間の部屋の鴨居に掛けてあった父の写真が、ガタン と ゴロリ寝転ぶ母の背中に突然落ちてきたらしい。


その落ちてきた額を手に起き上がった母は その時 はっきりと、 


あぁ、おとうさんはもうしんでる・・・ と、 気づいたと言う。


もう、中国で命を落としている。 もう帰ってくることはない。



長かった戦争が終わり、やっと父に会えると、どれほどに待ちわびたであろう 子どもだった母の想い。



きっとその夏も、 暑い陽を受けたケイトウの花が里のあちこちに咲き、母の目に映るその赤を ゆらゆら揺らし、

ゆがみながら こぼれていたことだろう。


暑い夏に スクっとまっすぐに咲く 真紅の花。





魂という存在があるならば、 あの世と称する世界があるのならば、


母は、あんなに待ちわびた父と、この世で叶わなかった再会ができたであろうことを望む。