各地で大雨の被害が続出する夏です。



昨晩、テレビ(新説・日本ミステリー)を小学生と見ていると、画面上部に気象速報がピピピと流れ、大雨・洪水警報が我が街にも出ていました。


が、我が家近辺は、空こそ重そうな雲が垂れ込めていましたが、水は一滴も落ちてこず、ぬるい風だけが木々をワサワサ揺らしていました。


大学のオープンキャンパスに出かけていた我が家の高校生が、

遠くの空に稲光走ってたわ、と帰ってきました。


今朝の新聞を見ると、甲子園も水浸し、行った先の大学あたりも豪雨の地域だったようで、大雨に足止めされることなく帰宅出来、よかった思いです。


私が子どもの頃の夏休みの夕立は、加減のある大雨だったように思います。

熱した大地を冷やす水の恵み。


大雨の中に わざと濡れに出る、夏の夕立でした。


昨今は、危機管理意識がとても大切な自然の猛威現象です。


今朝、友人達との集まりに学校へ出かけていこうとする高校生に、思わず、

雨には気をつけて! と声を掛けてしまうほどです。


日が射している朝のお天気ですが、昼から傘マークが。


雨が降ってきたら、水の流れを見て、どこに歩を進めたらよいか考えてよ!

鉄砲水がどう流れてくるか、カーブはどう流れるか、川の流れ思い出して増水したら どう水の方向が変わるか把握するんやで!

自分の歩いてる地域の形状把握しながら歩くんやで!


などど言ってしまう、心配性な母の出掛けの注意事項は ほんとうにうるさいことでしょう。


でも、言っておかないと気が済まないので、やはり イチイチ指差し確認事項のように玄関で見送りデスよ。



最近の自然現象と言えば、夜中にもセミが合唱しています。


昔も夜中に鳴いてたっけなぁ? と改めて思い返すほど、昼間と変わらないような大合唱。


先日の週末に出かけた四国の山奥。

朝から夕にかけて、いろんな生物の鳴き声が山間に響いています。


小学生が、 「ぼうし つく つく!」 と、言うので、


帽子に?何が?付くん? と思って えっ?何? と、訊ね返したら、


ツクツクボウシの鳴きマネでした。 ツク ツク ボ~ゥシ


小学生というものは、なんでも反対に言ってみたくなるセイブツなのでした。

ボウシ~ ツクツク!  ボウシ~ ツクツク!


そんなたくさんの生物の大合唱も夜深くなると、シーンと静かになります。

(かじか蛙の涼しげに綺麗な鳴き声は聞こえてきます)


ふと、あれ? セミも静かだ、なんて思ってしまいました。


やっぱり夜は鳴かないのが自然ですよね。 たまに ジジっ と鳴くセミもいますが、合唱はない。

闇が深い場所のセミは鳴いていませんでした。


セミの持つ光のセンサーが、この都会の明るさに反応して夜中も合唱していたのでしょうか。


人の目には夜の闇、薄暗くみえる木々の辺りでも、セミの持つ光の感度は明るいとキャッチしているのでしょう。


だって、街灯がない場所でも、人の姿も手足もはっきり見えますものね。

山間の闇は、人の姿はもちろん、自分の手のひらさえも闇にまぎれて見えない暗さです。


都会のセミはかわいそうです。 地上に出た途端 ずっと光に照らされて休むひまもない。



1週間の命よりも、もっともっと短い地上生活かもしれません。