五月の半ばを過ぎた頃、さてもうそろそろ端午の節句のお飾り類を仕舞わなくてはとカレンダーを見た。

飾る時期は新暦に合わせるけれど、仕舞う時は本来の自然界の季節の巡りを大切にしたいから・・・なんて言うのもあるけれど、大きな気分は片づける面倒を後回しにしたい言い訳に新暦より日付の遅れる旧暦に合わしているのだ。 

 

さて旧暦の五月五日はいつになるかなぁと新暦カレンダーの大きな数字の枠の隅にある旧暦の日付を目で追った。大体数週間遅れ。

新暦5月20日が 旧4.28となっている。 視線を横にずらしていって  旧4.29  旧4.30 ときて、 旧5.1 と来るかと思いきや、あれ?また 旧4.1に。

んんん? 見間違い?もう一度見直す。 あれ?カレンダーの誤植か~?

いやいやもう一度 老眼鏡をかけて見よう、とそこに、 旧と4・1の間に 「閏」 という文字があるではないか。

旧閏4.1。

て事は、今年は四月が二回もあるって事か?

 

2020が閏年って事は気付いていたけれど、閏月には気付いていなかった。

なんてこった、知らなかった。 今まで一度も閏月に関心した事なかった。

4年に一度の 閏年&閏日 ばかり耳に入って、 閏月の話題は耳にした事なかった。

あったんだ。 しかもこの閏月は約3年ごとにあったらしい。

 

さてさてお目当ての五月五日はいづこと5月のカレンダーをペラっとめくりあげる。

横に下に 横に下に視線を移していって、あったあった6月25日の枠に 旧端午 旧5.5 と。

しかも新暦6月20日 夏至 の後になる。

もしいま日本が旧暦を使用したままの季節の移ろいであったなら、お田植えの終わった青田の空に端午の吹流しが真鯉が風に吹かれていたんだろうなぁ。

現在街の中で青田を目にすることはないけれど。

 

2020年が明けて1月2月3月、4月には緊急事態宣言。

過去に経験した事のない世の中の流れで、季節の移ろいも傍らをするりと抜けて行ったかのような感覚を過ごしてきたけれど、旧暦でも今年の4月は足踏みだったんだねと思った。

 

 

昨年の夏 ある日、道行く人の影や時おり通り過ぎていく車やバイクの音を聞くともなし見るともなし ぼんやりしていた時、むくむく急に心が騒めき立った。

時間がいってしまうーーー!

こうしちゃおれん。何かをしなきゃ。何やってんだ自分 毎日。

思い立って、そうだ勤労しよう!外に出よう!同じ時間、同じ交通機関に乗って、タイムカードを打つ。

そんなキッチリかっちりな一日を作ろうと思い、すぐ目についた求人広告に応募。

ネットで応募して、近所の証明写真機のカーテンをくぐって5・4・・3・2・1・カシャ。

ほ~、へんな顔。 美肌機能追加したのに。追加料金損した気分やわぁ~。ふー。

それよりも、私の着てる服、襟もない麻のTシャツですやん! 

買い物ついでに撮ったがこの始末。タル~ン? ふー。

もういいコレで。

 

履歴書を買って、書きやすそうなボールペン買って。面接日の電話連絡を待つ。

もう今日はかかってこないかなと思った台風の近付く荒れた天候の夜7時頃、柔らかな優しい声質の女性から連絡。

こんな日のこんな時間までお仕事されてるんだなぁという驚きと、柔和な落ち着いた問答に、さすが全国展開の大手は教育が行き届いてるんだなぁと感心。

 

面接日、大学生の男子と二人で適応試験。 わーい♪なんだか学生に戻った気分。鉛筆で計算他のペーパーテスト。

よーいスタート。前に座る大学生の筆記の走る音 音 音。

は 早い・・・。 打ちのめされる。 やっぱり現役との違いは凄まじいぃ。

必死で頭フル回転。またもや ふーっ。 汗かいた。

その後、個室で男女の面接官二人を前に、自己PR他。 

あ~なんも考えてなかったよぅ。 面接対策何もなしで来ちゃったよぅ。 

なんて行き当たりばったり計画性なしに動いちゃってるの私~、アホや~、これが私の欠点ですと終始思いつつ終了。

そして始まりから終わりまでをふんだんのお心遣いで案内サポートして下さった人事社員さんの応対に、さすが成長した企業は教育がなってるね~と感心しつつ、大学生には「もう会えへんかもね~さようなら~」と言葉を掛けて帰宅した。

 

数日後、採用連絡! おぅ♪やはり世は人手不足。時流に乗った!ラッキーでした。

 

いそいそと勤めに出るのは何十年ぶりか。

新鮮だなぁ。

研修日。向いの歩道から かの日の大学生も。

納戸のような会議室に集合、採用されていたのは4人。

大学生二人、主婦二人。 様々な書類を記入し捺印し、二日間研修ビデオを見せられ、それぞれの配属場所へ。

 

そしてその日から、人事社員は180度、態度が豹変するのだ。

まぁよくある話。 採用まではお客さん。

しかし、しかし、何ゆえそこまで豹変する意味があるのか。

心の中でどれだけ突っ込んだか、「オマエは女優か!」 「それ、台詞か!」

 

ある時、マイナンバーカードを持って来てほしい旨のメモが私のロッカー扉に貼り付けてありました。

ふむふむ。

勤務終わり事務所へ寄り、メモの内容確認を取りました。

これはコピーでもよろしいですか?と。

すると、180度豹変社員は、「コピーでいいと書いてありますかっ!?」 と言います。

いや書いてませんけど・・・。

「分かりやすいようにと思って、どれだけ考えて書いたと思ってるんですか?!」 と、またもや言います。

・・・こちとら唖然。

いや、あんた。 コピーがアカンて言うんやったら 「コピー不可」 て書かんかい!

その単語ひとつで済みますやん。

嫌味も言わんで済みますやん。

仕事もシンプルに済みますやん。

「どれだけ考えたと思ってる?」  もうこの企業の底が知れます。

 

そして、夏から秋へ、お給料日があるという至福の体験を何十年ぶりかに味わう日々。

そろそろ師走へ向かう頃に、ひとまずこの企業での就労は終わりにしようと、退職願を提出。

規則に則って、書類やら返却品を処理し、期日にきれいさっぱり終了。 フリーな日々の再来。

と、忘れた頃に一通の封書。

かの180度社員から、退職願が提出されておりませんので再提出を、の文字。

 

おい!!!

 

紛失したんかーい!

 

まさか失くしましたとは言えない。 

はいはい、どれだけ考えて書かれたのでしょう。

今更ながら180度社員の胸中 おもんばかります。

 

 

 

 

 

家に戻ると郵便ポストにご不在連絡票が入っていた。

お買い物の冷蔵品をしまう前に先ずは再配達の連絡をと、

票を片手にドライバー直通番号を押した。

しばしの間をおいて、

   トゥルルルル~  お、つながった! 

「はいぃ もしもし」 と受話器向こう男性の声。

遠く小さく聞こえる相手の第一声を聞いた時、何かいつもと違う妙な感覚を覚えたのだけど、

そのまま再配達の旨を伝えた。

 

受話器向こうの表情はもちろん見えないが、

遠く小さく、暗い穴の中でポツポツと話しているような静かな声のトーンに、

相手も何か腑に落ちていない様子が見て取れる。

その男性は何か戸惑いつつも 「え・・・っと・・・、あ、ではご住所を。」と言った。

 

え? なんで戸惑いつつご住所を?なんて言うん!

再配達はまず住所確認やんな~?と 、私も腑に落ちない感覚をもったまま住所を述べる。

 

配達員さんは大概この辺りを固定ルートとして回っていらっしゃると思ったので、町名から述べた。

が、相手方にいつもと違う間を感じられたので、あ、もしや大きな範囲のルート周りをしていらっしゃるのかもと思いなおし即座に区名から言い直した。

すると、 「あのぉ・・・けんから・・・。」

えっ? けんから? ケンから? 

「あ・・・はい、あのぉ・・県から都道府県から・・・お願いします・・・」 と申し訳なさそうな声。

県っ!

都っ、都道、府県っ!?!?

 

えーーーっ!デコッパチに目が転がっていったかのような驚きを一瞬感じたけれど、

いやいやいや、きっとこの配達員さんは新人さんなんだ!

まだこの辺りに慣れていないから、確認の徹底だ!そうだ!

県から言おう!市を言おう! で、 最後の伝票確認、町名番地フルネームだ!

 

そうなのだ最初から感じていた違和感は、この不慣れな感じ。

そして言葉のイントネーション、関西圏ではない人の言葉のイントネーション。

標準語なんだけれども、関西トーンでも関東トーンでもない、どこか聞きなれない遠くの感じ。

きっと、出身はどこか遠く、そしてこの仕事も初めての経験中なのだ。

宅配便の再配達を都道府県から述べたのは私も初めての経験だ。

きっちりした仕事だ。

 

すべてにガッテンがいった私に、受話器の向こうから届いた返事は、

「あのぉ・・・、こちら・・・、福島県なんですが・・・。」

 

ふくしま県?

福島県が遠すぎて、一瞬、大阪の福島区?かとも思ったが、ちゃうちゃうちゃう。

えっと・・・ぉ? と、今度はこちらが大きな戸惑いである。

受話器の向こうの男性は、福島県の〇〇郵便局ですと教えてくれた。

 

そりゃあ男性の身になってみれば、郵便局員である自分の携帯が鳴って再配達お願いと言われれば、

直に配達担当員ではなくとも、ボク局員だしな、何か違う気がするけれど聞かなくちゃなと思うわなーーー!

 

かたじけない!

かたじけない!と電話を切ろうと思ったが、待て、再度掛けなおして又同じ場所に掛かってしまっては、誠にもって又かたじけない!であるので、ドライバー直通番号とやらを確認させてもらった。

 

まず三桁言う、男性復唱。 次四桁言う、男性復唱。

合ってるやん!

最後の四桁言う、男性違った――――!番号違った!

 

何故に?なぜ最後の四桁だけ違ったのか?

不在連絡票をまじまじと見た。

私が押したダイヤルは、最後の運命の四桁は、伝票番号の下四桁だった。

 

すなわち、私はドライバー直通番号の上三桁・中四桁の次に、伝票番号の下四桁を合体させてしまったのである。

似たような数字の羅列にダイヤルと票を交互に見ていた目がとんだ場違いを捉えてしまったのである。

あぁ、これが中高年か!

 

おととしの市の健康診断の眼底検査で、右目「軽度の老化」と出たので、

何てこったぁー! 視力は昔から良好で目の健康には自信があったのに(老眼は別として)、

ガックリきたので、目の健康サプリ「ルテイン」を数か月摂取して翌年の健診に挑んだら、

おーーっ♪異常なしに快復! 軽度の老化を克服したで!と思っていたら、こんな間違いである。

これは視力云々より、注意力なんでしょうな。

 

まさか、ここ西日本から、東日本に、

しかも、漠然と個人宅に繋がるのではなく、宅配便を扱うところに。

数字は単なる携帯番号と荷物の伝票番号の合体。

 

以前から話題の漂流郵便局ならぬ、漂流電話?

 

しばし数分、旅をしたかのような心持ちでございました。

 

 

 

 

 

 

まだセミも鳴いているけれど、

軒先の簾も日差しを遮っているけれど、

吹く風はすっかり熱気がぬけてやわらかい。

 

朝、網戸を開けてサンダルを履こうとしたとき、何かが跳ねたような気がして足をひっこめた。

しばしの静止画から、ぴょ~ん。 見えたのは小さなバッタでした。

 

日差しの陰影が濃い夏の盛りにはなかなか目に映らない小さなものたちを、

夏の終わりはその気配を見えやすくしてくれます。

 

海の中も夏の終わりは穏やかな潮の音がきこえるようです。 

 

 

お盆を過ぎての浜辺は人も少なくなり、 夏の初め小指サイズほどだったイカが、

夏の終わりには、三倍くらいの大きさになっています。

う~ん♪獲りたい!

 

 

神戸沖をゆくサンフラワー

ゆらゆら汐のながれ。 

 

 

 

 

 

 

このところ、黒ビールをそそぎながらつい言ってしまう台詞、「泡は沈む。」

以前から黒ビールをそそぐ度この現象を綺麗だなぁと無言で眺めていたが、そうか、天才(秀才か)は、ここでハタと気付くんだ。
泡は沈む!と。(ある理論が完成する)

この泡が沈む現象には名前がついているらしく、ギネスカスケードと言ったかな?
ギネスの黒ビールで起こる現象らしいけれど(成分の精度の比率がどうとか何とか)、いやいや普通に日本メーカーの発泡酒の黒でも同じく。それはとてつもなく綺麗。

何が言いたいのかって?
例の小説のいち場面。しかし、キーとなる重要な発見シーン。
なので多くは語れない。
ネタバレになっては申し訳ない。

(「君を愛したひとりの僕へ」)


でも言いたくて、このところ、黒ビールをそそぐ度、
「泡は沈む。」「泡は沈む。」と呟いている私がいますと。

読んだ人にはアホやなぁ~♪と笑われるかな。f(^_^)


また今は、写真家・植本一子の「かなわない」を読んでいる途中ですが、読みつつ自分が乳幼児を育てていた頃を、忘れていたあれやこれやの気持ちを思い出してきました。

今となっては、親子共々数々の失態も笑い話だったり、ありふれた日常の喜怒哀楽を平凡に暮らしてきたかのように、優しい思い出として語れるけれど、

そうだ、そうだった、どんなに苦しかったか、きつかったか、出口のないトンネルの中をひたすら右往左往しながら歩いていたんだった。
そんな瞬間 瞬間があった。

別に壮絶な劣悪な環境下で育児をしていたわけでもなく、普通に普通に、衣食住こと足りて、遊も満足に満たされて、平和な日本で衛生な育児環境である。

なのに、なのに、育児は時に猛烈に精神がボロボロに破壊されるような重責に押し潰される。

そうだ、苦しかった私がいた。
泣いた私がいた。
もがいてもがいて、諦めて、淡々と日々を送る私もいた。
色んな私がいた。
思い出した。

最近、乳児を殺めてしまった母親のニュースを頻繁に目に耳にする。
ついさっきも。  
(明らかにバカ夫婦が子を殺めましたと言う場合もあるけれど)

乳幼児の育児から十何年も手が離れた自分は、可愛そうな事をと、乳児の奪われた未来だけに悲壮を感じていたけれど、

違う 違う、どんなに苦しかったのか、思い馳せてやらねばならないのは母親の方ではないのか。
もちろん、命を消し去るような行為は、言うまでもなく、です。

我にかえったとき、混乱の波が鎮まったとき、母親の新たな苦悩は想像を絶する。

その一瞬の中に、母親を助ける因子がなかったことが不幸だ。
その一瞬に消え失せた命に繋がる因子がそこに皆無だったことが残念でならない。

言葉、人、体内分泌物、体温、時間、呼吸、気温、ありとあらゆる有形無形の因子たち。

この母親と子が、ほんの数年立てば笑いあって、叱咤したり、泣いて謝ったり抱きしめあったりと、様々な親子の時間を紡いでいく未来がそこにあった筈なのに。

ほんの一瞬の魔をくぐり抜ける因子が、そこに無かったことに悔しい。


忘れてちゃいけないことが、いっばいある。

忘れて放つ言葉は時に罪だ。