週末がきた。
予想外の3連休となったから、
3スコに挑もう。
すこしだけ踏ん張ってみようと思う。
うん、そう思える。
自分はハッキリいって努力家になれずに歳を重ねてきた。
険しい道のりを避けてきた。
そのほうが楽だから…、
なにか出来ない理由ばっかりを探して、出来る方法を考えようとはしないで逃げてきた。
頑張ってる人の姿を遠目に見ながら
憧れを抱いて嫉妬する。
そんな生き方だったと思う。
ホントは自分だって頑張りたいと思いながら…、
照れ臭かったり、
恥ずかしかったり、
くだらない理由で輪に入れずに悶々する、
くだらなすぎるプライドか。
いま、
その殻を破れそうに思える。
中学生になった時、野球部に入った。
知識もルールもろくに知らず、
みんなが入るから自分も入部して、
ガタイが大きいからキャッチャーの練習をさせられた。
無理やりセンパイの投げる球を受けたが、マジでビビった。
それなりに器用には出来たが逃げ出したんだ。
がむしゃらに練習すれば出来たハズだったのに…。
柔道部に移ったオレは、
練習せずとも勝てた。ガタイと腕力だけで勝てたから練習にも身がはいらずに先生方を落胆させた。
顧問が泣きながらオレを殴った。
「恵まれたガタイがもったいない」
「練習を積めば才能を伸ばせる」
そう言ってた…。
グーで3発殴られたのが忘れられない。
それでも練習しなかったな、
イイ気になってたんだ。
適当にやれたし、勝てたから。
ゴメン先生。
あとでわかったんだ。
高校生になったら通用しなかったょ
技の前になす術もなく、
腕力なんて二の次だったんだ。
また逃げ出した。
社会人になり、工場で働く日々が続いた。
自分の能力以上に仕事を求められるコトが多くなり、甘ったれた自分の学生時代を悔やんだ。
やっとこさ、自分から学ぼうとする気持ちが芽生えた。
遅すぎたと実感するも、やらねばなかった。
ものすごくつまらなかったな。
若かったと思う。
頑張ろうとしなかった。
もっともっと、がむしゃらにやらねばならん時代に楽な道を選んだのは
自分自身なのだ。
いつか、自分でも納得いくほど頑張ってみたいと思ってきたょ。
今年は元年なのかもしれない。
これほどの震災を経験したことをムダにしたら…、
これまでしてきた後悔の比ではないと思うんだ。
だから、
逃げ出さずに出来るコトを想像しようと思う。
たとえムダな努力に終わったとしても、努力した事実はムダになるとは限らない。
この先、
振り返ってみたとき、
あのとき逃げ腰だったと思いたくない。
小さくてもイイじゃんか。
頑張ってる自分が過ごした時間を積めば、きっと、なにか変わる。
そんな気がするんだ。
時間の進みかたは同じでも、自分次第で長くも短くも感ずるコトが出来るだろう。
今年ほど凝縮された時間を過ごした経験はなかった。
この先のコトはわからないけど、
現時点で出来る努力は惜しんでないと思える。
もっともっと、スキルをあげれば豊かな生活にもたどり着けるかもしれない。
ひとつづつ、片付けていこう。
復興という看板が見当たらなくなるまでは長い道のりだろう。
マラソンどころのハナシでないように感じるが、進む気持ちさえ持ってれば後退はしない。
みんなで遊びの計画を立てたり、
旅行したり、
なんでもいいな。
未来を楽しくするための努力をやってて損はないんぢゃないか。
そんなふうに思うんだ。
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