こんにちは
キラミラです
 
お越しいただきありがとうございます
 
 
昨日 娘のメガネ紛失事件(事件というほどでもないのですが)
 
 
で 旦那さんが娘にかける声かけ
 
冷静に
「最後にメガネをみたのはどこ?朝起きてから自分が動いた行動を思い出して」
と たんたんと質問していた
 
ふと 一年前に 私の実家に帰省した時
後部座席のドアの隙間に入り込んでしまったメガネに気づかず
「メガネがなくなった」と探したことがあった
 
一緒にいた父は10歳の娘に怒鳴ってグチグチ失敗をナイフで刺すように何度も娘の罪悪感に刺激し続ける
 
失敗をこれでもか!!って大事件のようにして怒り続ける父を まわりの者がなだめるものの
怒ることが正義だとばかりに 娘に叱り続ける姿に
 
当時 私も 失敗すると
こうして父に怒られつづけていた姿を思い出した
ことを
 
思い出したのよ
 
 
私は 失敗することを 極端に恐れていたのは父の期待に自分への惨めさや
してしまった過去の出来事をずっと責められる悲しみや怒り
失敗は『○○のせいだ』と
責任転嫁する癖
 
自分の感じたネガティブな感情を受け止めないで見ないフリしていた昔
 
 
幼少期 自分を成形させていたのは両親の影響が大きいなぁ~を感じる場面でもあります
 
 
あまり泣かない娘が 私の父からネチネチと失敗を責め立てられてる時
涙一つ流さず ずっと探し続けていた後
メガネが出てきた時に安堵から大泣きしました
 
泣きながら
「ママは おじいちゃんに育てられて大変だったね」
って 話したのが印象的でした
 
私の中では(怒りん坊の父が)当たり前の世界で
私は怒られて当たり前の存在だと感じていた幼少期。
思い出した瞬間に自分で自分を癒やしていくのです
 
 
旦那さん(娘のパパ)は理不尽な怒り方をしない人で
どうして こうなったのかを冷静に聞いて 次へのステップにしようと
失敗を糧に未来の教訓にするように言葉で促していく人です
 
今の娘の気質を色濃く成形している
 
 
自分の両親を子ども(自分)は選んできてるのだと
胎内記憶をもった 娘の話から 世界が広がりました
 
 
私の両親も私にとって学びや気づきからの開放のプロセスは完璧で
娘もまた自分の学びに完璧な両親を選んできた
 
 
ただそれだけなんだと わかると
 
親からの呪縛に感じる親の価値観からの自己開放をするプロセスが
学びと気付きが大事なんだね~
 
 
今 家族(親子、夫婦)問題でコロナウイルスの関係
一緒にいる時間が多いことから
普段スルーできることも つもりつもった感情の臨界点が溢れ出した水のように
怒りやイライラする感情で相手を傷つけてしまう。
ネガティブな爆弾を発射させて
相手を傷つけ(言葉や暴力)ても 自分自身も爆風で内側が焼けただれていることに気づいていく
 
自分を癒やすことができるのは自分なんだ