ブログを始めてよかったなと思うことは

本音を吐露することで、共感していただけたり

アドバイスをいただけたりすることです。

 

それでわたしは癒され、再生し、少しずつですが

過去を浄化できるようになりました。

 

そのことにとても感謝しています。

ありがとうございます、そんな言葉では到底足りませんが

他に見つからなくて、ただただありがとうございますと

伝えるしかできません。

 

 

毒母に「あんたは自意識過剰」と言われました。

「誰もあんたのことなんか気にしてなんてくれやしないし

あんたのことをそらほど(それほど)思ってくれる人なんて

親以外にいやしないんだよ!

自意識過剰のあんたの独りよがりなだけだよ!」

誰かの優しさに感謝したりすると、よくそんな風に言われました。

 

 

もしかすると、ホントにそうで

わたしの勘違いかもしれません。

でもそれなら、むしろ絶妙のタイミング過ぎて

神様ですか!?と思うくらいすごいことを教えてくださったと思うのです。

 

それはある方のブログです。

 

「どうしたら・・・・」という日記で

毒親を許したかった気持ち、どうしたら許せるのか

そんな葛藤を書きました。

 

これはいまだに思うことで

書いた時と3ヶ月ほどのタイムラグがありますが

解消できずにいる気持ちです。

 

それを解決できる糸口を教えてくださるような記事でした。

 

「許すことは相手と自分自身に勝つこと」

 

引き込まれるように読んで、泣いてしまいました。

 

いつも「なぜあんな暴言や暴力を受けなければならなかったのか?」

そう自問自答していました。

毒親の説明は「お前が悪いから」「あんたが悪いから」

もしくは「あんたはおばあちゃんと同じですぐに悲劇のヒロインになるから

そう感じるだけの被害妄想」でした。

 

子供を生む前は納得していました。

でも子育てすると納得できなくなりました。

あり得ない行為だと思うようになったからです。

 

毒母と毒弟には顔のゆがみや歯並びの悪さを

嘲笑されました。

 

でも、それは毒母のせいなんです。

なんだかんだと理由をつけて歯科医に連れて行ってくれず

乳歯が抜けないうちに大人の歯が生えてしまったので八重歯です。

それから毒母の家系は顎の骨格が大柄で歯も大きく、毒父の家系は

顎の骨格が華奢な代わりに歯が小さいのです。

わたしは毒父の顎に毒母の歯、という恐ろしい遺伝を受け継ぎました。笑

 

毒父と毒母には足の太さを嘲笑されました。

足首に締りのないのは締りが悪いと意味不明な言葉で

親達に笑われる辛さ。

 

でも、わたしはそれに甘んじたのです。

 

歯列矯正をするために貯めたお金は結局、子供に使ってしまいました。

足の太さは何度かエステに行ったのち、諦めました。

 

なんて根性なしなんでしょう?

自分でびっくり。

今更ながら呆れてしまいます。

 

わたしにはそこで踏ん張る強さが欠落していたのです。

 

毒弟は何をしても「かわいい」「スタイルもいい」

「性格もいい」「器量好し」

殴られなかったし、正座もさせられなかったし

何よりのびのび育てられましたしね。

 

 

結婚して家を出るまで、とことん差別されました。

「息子はもらう身、あんたはやる身」

どうせ、あんたは他人になる。

 

でも、毒親達は何かトラブルのたびに

わたしを巻き込みました。

 

毒父の不倫(相手はわたしや毒弟と同年代)

毒母が常軌を逸した行動に出た時には

「お父さんが(お母さんの)交通費を出してやるから

お前が上手いこと言って(=丸め込んで)お母さんをそっちに呼べ!」

そんな言われようでした。

 

でも、わたしは「お母さんに優しくしてあげて」と毒父に頼み

結果「ふざけるな!こっちは堪らんぞ!」と怒鳴られました。

 

わたし、あの時にキレたらよかったんですよ。

 

「お前がふざけるな!」って。

 

毒母が「心臓の大手術をする!」と騒ぎ

「お父さんは近所の病院でいいじゃねえかって言うんだよ!

あたしのことなんて誰も心配してくれやしない!」と嘆いた時

真に受けたわたしは忙しい合間を縫って

名医といわれる医師にセカンドオピニオンを聞き

ここぞと思う病院の予約まで取りました。

 

でも結局「なんかね、○○病院(最初の病院)が

一番評判良いんだってよ?」と言い放ち

感謝の言葉もねぎらいもなく、その後は

いかに自分の毒姉妹や毒息子が優しく自分を労ってくれたかの

自慢話に終始しました。(あんたは何にもしてくれないと嫌味っぽく)

 

ちなみにわたしが話を聞いた名医は

「心臓の手術といっても全く大した手術ではなく

盲腸程度」だと言っていました。

 

嘘・大袈裟・紛らわしいの毒母ですから納得です。

 

あの時に、キレたらよかったんです。

 

でも怒りの感情が欠落しているわたしにはそれが出来ませんでした。

 

いいえ、夫に対してだけは怒っていました。

おそらくですが、夫はわたしが感情をあらわにしてもバカにしないし

殴ったりもしないから、怖がらずに感情を出してしまえるのだと思います。

 

親の機嫌を損ねることは命に関わること。

だからいつも口の中が干からびるようなお世辞を言って

言いたいことは飲み込んでいました。

 

何もしなくても難癖つけて暴行する毒親達でしたから。

 

親に「言いたいことを言える」

 

とても大切なことです。

 

でも、わたしは出来なかった。

 

わたしが毒父に言いたいことをおどおどと口にできたのは一度だけ。

 

毒親達が我が家に来て自分たちの汚宅は棚に上げて

汚いだとか散らかっているだとか言った時、子がわたしを庇って

「良いの!うちはそう言う家なの!」と笑顔で言ってくれた時。

「ストレスになっちゃうから、批判しないで」

小声で作り笑いで言いました。

 

でも、そんなんじゃダメだったんです。

 

「はあ?自分たちは汚宅住まいなのに!?」

「じゃあ帰れば?」って。

 

子が殴られた時も車を降りて帰ってくればよかったんです。

 

もしも、次に毒親達に理不尽だと感じることを言われたり

されたりしたら。

 

わたしは心の澱をぶちまけてやろうと思います。

 

もう縁が切れても良いです。

むしろ切ってほしい。

 

もう殴られても蹴られても平気。

警察を呼べば済む話です。

 

 

愛を求めていた時も助けを求めた時も

決して娘に応えようとしなかった毒親達。

 

そのくせ、自分たちが必要な時は

子が親に尽くすのは当たり前だと迷惑を掛け

恥をかかせた毒親達。

 

わたしは彼らに激怒して罵声を浴びせても良いと思います。

彼らと縁を切って見捨てる権利もあると思います。

 

次にもし、毒親達に何か言われたりされたら

わたしは感情のままに思いの丈をぶちまけて怒り狂おうと思います。

 

それが出来たら、わたしも弱い自分と

残虐な毒親達に勝てると思います。

 

過去の傷に向き合わずに許すことは出来ません。

自分の押し殺した感情と向き合わずに物事を進めることも出来ません。

 

毒親達のことも、彼らを許せない自分のことも。

 

ここ数日でわたしは大事なことを学びました。

 

泣いてもいいんだよ、そう言ってくれる人たちがいること。

怒ってもいいこと。

怒るのだって大事だよ、そう教えてくれる人がいること。

そして怒った先に大事なものがあるかもしれない、希望があるかもしれないこと。

許すと言うことはただただ無かったことにするわけではないと言うこと。

わたしは自分と向き合う、自分を理解し大事にすることを

なおざりにしていたのかもしれません。

 

それを教えてくださった方たちにお伝えしたいです。

 

感謝を込めてありがとうございます。

 

わたしも皆さんも自分の心を解放できる日が来ますように。