毒母は家事が嫌いだったのだと思います。
衛生概念も狂っていたはずです。
お米を研ぐのも、洗濯物を取り込むのも
お膳立ても洗い物も、娘に強要していましたし
アイロン掛けや掃除機をかける時は怒鳴り散らして
物に当たっていました。
そして休みの日には洗濯物を干すことまで強要しましたが
干し方が気に入らないとキレるので、わたしは出来るだけ
やり過ごせるように他の用事をするふりをしていました。
そんな時、タオルを干しながら毒母は叫びます。
「うちは売れないパーマ屋じゃないんだよ!」
要するに売れないパーマ屋というのは廃れた客足のない美容院という
意味なのだと思います。
美容院ほどタオルの量は多くないけれど、一般家庭としては
多すぎる、くらいの意味でしょうか?
毒母がW不倫の挙句に家出するまで、タオルの衛生に関してはひどいものでした。
体を洗うナイロンタオルは家族で共有。
お風呂上がりに体を拭く浴用タオルは一人一枚、色分けされていて
それを使ったら、お風呂の扉に二つ折りにして掛けておきます。
入浴後の体を拭いただけだから、そのタオルは汚れません。![]()
だから洗う必要はないので、翌日の入浴までに乾かせばいいのです。![]()
バスタオルはほとんどの水分を浴用タオルで拭き終えた仕上げと
髪を乾かすためだけのものなので、さらに洗う必要がありません。![]()
だから1ヶ月くらい洗ってもらえないのです。![]()
洗髪も週1くらいの毒母はわたしが毎日洗髪することも快く思っていませんでした。
それがとても嫌でした。
だから毒母の家出中に、入浴のたびにタオルを使えるシステムを作りました。
すると毒父も毒弟も同じように、毎日タオルを換え始めました。
結局、離婚できず帰宅した毒母はこのシステムが気に入らないようでした。笑
1回の入浴で大体一人2枚はタオルを使います。
体を拭くし、髪も拭きます。
最低でも2枚使うのはごく普通だと思うのですが。
毒母はクルクル回るタコ足ハンガーなるものを買ってきて
それにタオルを干しながら「全くね!うちは売れないパーマ屋じゃないんだよ!」
そう叫んでしました。
夫と子はバスタオルも使います。
当たり前ですが、わたしは毎日洗います。
毒実家に滞在する時も、バスタオルを使いますが
「ホントにダンナ君はいや!!
バスタオル使ってさ!せめてタオルにするように言いなさいよ!
洗うの大変なんだからさっ!」
夫のいる前でわたしに怒鳴ります。
だからバスタオルは持参するようになりました。
そんな実家に帰れば体も壊しますよね。
でも、バカなわたしはそこに目を瞑りました。
夫のことも庇いませんでした。
ホント、バカでした。
「じゃあもうこんな家、来ないわね」そう言って
さっさと帰宅すればよかったのに。
毒母が我が家に来たら、客用タオルをお貸ししていました。笑
でも毒母は「家族で使うタオルを使わせろ!」
わたしはそれがとても嫌で、「でもお客様だから」と
客用タオルしか貸しませんでした。
多分、当時からすでに毒母のことが生理的にダメだったのだと思います。