「このブログのこと」で書いたように、一度に何日分も書いてしまう時や
ログインさえしない日などもあるこのブログですが
今日のこの記事は9月21日の分です。
でも書いている今日は8月16日・・・
虐待の記録なのに書くことが次々出て来るって悲しい・・・
もう一ヶ月分以上を先に書いてしまっているって・・・
どれだけ虐待されていたんだろう?
どれだけ辛かったんだろう?
と、自分でもびっくり。
もちろん、幸せな経験や楽しい経験もしているけれど
家族というカテゴリーで考えると、心の底から笑ったことなんてないかも。
最近思うのは、長い間支配され洗脳されてしまうと
それから解放されるためには、その期間と同じくらいの期間が必要だということ。
カウンセリングで即解放なんてことはないんだろうなあ、と思う。
それに日本はカウンセリング自体の歴史が浅いし。
胡散臭いカウンセラーやスピリチュアルなんとかがそこら中にいるし。
もちろん、そういうので解放されたり救われる人もいるでしょうし
それは否定しないけど
結局、あの日の自分を救えるのは今日のわたしだけなのかも・・・
なんて考える。
それに必要なのは同じ立場の人の共感や共鳴、肯定なんだなあとも。
コメントといいねにはいつも感謝しています。
ありがとうございます。
あの日の幼いわたしを抱きしめる・・・これは普通の人には簡単でも
被虐待児には難しい。
だって暴行された経験は多々あっても、抱きしめられた経験は
ほぼないと言っても過言ではないから。
カール・ユングの言葉
健全な人間は他を虐げない。人を虐げるのは自らが虐げられた者である。
虐待の連鎖ってこういうことなんだな・・・と、思うけれど
一つ謎が。
虐待されず、甘やかされたり大事にされた人間が、なぜ虐待するのかということ。
毒母は毒祖母には物差しで叩かれたらしい。
「あたしだっておばあちゃんに物差しで叩かれたんだ!」
そこには『だから、あたしもあんたを叩いていいんだ!』というのが見え隠れする。
でも祖父には叩かれたことがないと自慢していた。
そして祖母に叩かれたといっても、それこそ「躾」の域を出ていない。
叩くことの是非は別として。
毒父は愛され大事にされて暴力とは無縁の暮らしだった。
ただ、生まれつきカッとなりやすく、腕力にものをいわせる子供時代では
あったようだけれど。
ヒステリックで支配的な女と、暴力性のある単細胞が一緒になって
娘を虐待し、息子を溺愛する。
息子は冷静に親を品定めし、いいとこ取りでフェードアウトする。
娘はそれが出来ず、いつまでも毒親に苦しめられる。
唯一の救いは、娘が「暴力=愛情」ではないと気付いたこと。
そして、わが子は自分に害をなさない、自分を苦しめたのは親なのだから
虐待は連鎖させずに、お返しすればいいとふと思えたこと。
もし、老後の世話を押し付けられたら
わたしは間違いなく、老親を虐待します。
親からいただいた言葉をちゃんとお返しします。
「半殺しの目に遭わせてやろうか」
「二目と見られない顔にしてやろうか」
「あんたなんか死ねばいいのに」
「死ねばいいのに」は言われていません。
「生まなきゃよかった」は日常茶飯事だったので
その代わりに。