観玉堂より
「自分から誘ったんです。
酔っぱらったふりをしたんです。
ずっと、隠してきた思いだったんです。
耳元で、聞こえたんです。「カチッて」、、、。
抱きしめられたんです。「ギュッて」、、、。
何もなかったんです。彼には、私の中だけのこと。
でも、あの日からずっと
心の中に住み着いた。
あの人には、大切な人がいます。でも、、、。
愛しくて、恋しくて、
会いたくて、一目でいいんです。
会いたいんです。でも、大義名分がないんです。
どうしょうもない思い。何とかしたいんです。
でも、相手に何かを望んではいないんです。
ただ、一目会いたくて。」
長い黒髪を一つに束ねた彼女は、下をむいて大粒の涙を流した。
八百屋お七という物語を思い出した。
町に火をつければ、好きな方に会える。
激情の狂喜乱舞する女の情念を描いた物語だ。
まさに、今の彼女は、今にもそうなろうとしているかのように見えた。
「自分で静かに心を静めることは、難しいようね。
人は、人になる前、対の勾玉だったんんよ。
ふたつでひとつの玉だった。
ひとに生まれるために天界に降りて、白い学校と、黒の学校に通うの。
でも、黒の学校は、白の学校で優秀な成績を取れなければ入学できないのね。
彼とは、きっと、初めの星で一緒の勾玉だったのよ。
必ず会おうと約束したのでしょうね。
心が泣くのは、ひとつだったことを記憶しているからでしょう。
大義名分はあるじゃない?記憶、、、。
でも、人のものは、取ってはいけません。
そう、小さいときに教わったはず。
まずは、いったん思いをしまい込むこと。
なぜならば、彼は記憶を呼び覚ましてはいないから。
まずは、心に鍵をかけてみて、人として彼に接することができますか
知り合いも、友達も、お姉さんも、お母さんも、妹も、なりきることが出来たら、
彼の記憶は呼び覚まされるかも。
まじない石がここにある。
どうしょうもない感情を閉じ込めて、心に鍵をかけること。
でもひとつだけ約束してほしいの。
ただ、好きでいること。
思いが渇いて、優しい風が吹いてくるまで。
まずは、それが出来てからね。それが出来たらまたおいで。」
「好きって気持ちを見せないように、
彼にわからせないようにするんですね。」
いつしか涙は止まり、凛とした顔で彼女はドアに手をかけた。
夕焼けの空に照らされた後姿は、美しく見えた。
観玉堂にようこそ、、。
あなたの心の処方箋承ります。