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妄想バイオグラフィー

『プランクトンは自分が生物界の頂点になる妄想をするか?』

ニュース、フリートーク、物語をノンフィルターでお届けするバカっぽくて不謹慎なブログ。

最近やたらと、「根性論はちょっと・・・」みたいな言葉を耳にする。

仕事を教わってる最中の入社約1年目の新人君だ。
まだ今の段階では、居ないと困る事も無ければ、必要とされる特別な資格や技術等もない。もちろん目立った職歴や経験もない。仕事の出来は可もなく不可もなしで、言われた事を淡々とやる程度の力量だ。

ところが・・・

「努力や根性は自分には合わないんですよ(キリッ)」

とか偉そうに言ってる。
あの時は、思わず吹き出しそうになった(苦笑)

これまで努力して来なかったから、今と言う現実がある訳で、飛び抜けた学歴や極めて安泰の国家資格を持っているとか、何か特別な事も無いのだから、残るは努力しかないだろう(笑)
仕事ができない人に限って、精神論、根性論なんて意味も知らずに言い訳として使うんだよな。

じゃあ、何をしたくて正社員として会社に入ったのか?
友達が皆やってるから?(笑)
バイトみたいに『とりあえず居れば給料を貰える』とでも思っているのか。ゆとり世代と一括りにするのは、ゆとり世代に失礼だとは思うが、あまりに現実が見えていない新入君の言動にはドン引きした。

所謂、中二病ってコレの事か。

そのうち凄まじい何らかの能力が覚醒して、
皆から慕われる妄想でもしているのか。

夢や目標が無いのは不景気のせいもあるだろうが、長い人生を歩んできた訳でもないのに「長生きは、したくない」と言い、常に無気力な雰囲気だったりする。

そんなに何もかもが面倒くさいなら引きこもりニートでいいじゃないか。

真面目に働く他の社員達と、
生き残りに奔走する会社にとって、邪魔だ。
「死刑廃止の検討を」=日弁連が小川法相に要請
日弁連の宇都宮健児会長は27日、小川敏夫法相に対し、死刑制度の廃止を検討するよう求める要請書を手渡した。要請書は、国会に死刑問題調査会を設置するとともに、死刑制度に関して検討している省内勉強会に外部有識者を入れ、議論が尽くされるまでは刑の執行を停止すべきだとした。

『更生で救われる人殺し』

切っ掛けは最高裁が上告を棄却した光市母子殺害の元少年に関する判決だろう。犯行当時は18歳の少年で、殺人と強姦(ごうかん)致死などの罪に問われた大月孝行被告(30)の死刑確定が、死刑廃止の動きを高めたのだと思う。
それにしても、判決まで何年掛かってんだよ!と言いたい。死刑廃止より先に、日本の裁判が無駄に時間使いすぎるところに突っ込むべきだろう。遺族は何年も辛い事件を背負い続ける事になるし、被告だって判決まで精神的に消耗する日々を送る。双方にとって無駄な事ばかりだ。

死刑廃止を訴える人達は、自分の身近な人や家族、子供が同じように惨殺されても、裁判で犯人の死刑回避を願うのだろうか。この質問の答えを聞きたい。

未成年を理由(いいわけ)にして人を殺した人間にも、「更生の余地がある」と訴える。
彼らが更生できるから、何だと言うのか?


更生を始めた元殺人犯の少年は、改心して真面な仕事に就いて、理解ある人と出会い、家族を作り、貧乏ながらも幸な日々を過ごす。自分の子供の成長を見て、命の大切さを学んだ。己の過去を振り返り、あの時は悪い事をしてしまったと思う。
愛娘の「パパ!」と呼ぶ声に心を癒される元殺人犯。

その幸せな家庭の父親になった元殺人犯に愛娘を殺された父親は、毎日、遺影に線香を供えて、涙交じりに「もう、20年も経ったんだな。長いもんだな。そっちは元気でやってるか?」と言葉を投げかける。もちろん遺影に映る愛娘からの返事はない。
あの惨劇の日から、その成長は止まったままだ。

死んだ人間には更生も、再生も訪れない。
遺族の心は死ぬまで永遠に癒される事は無い。
若者から、おっさん(おばさん)になるボーダーラインとして「最近の若者は~」と言う言葉がある。次のランキングは最近の若者に良く見られる傾向だそうだ。私も会社の新人君に対して同じように思う事はある。だが彼らと同じ頃を思い返せば、私達大人はそんなにデキル人だったのか?
私の場合は、次のランキングの一部に該当する問題児だった。

1目上に対する敬意に欠けている
2言葉遣いがなってない
3教えたこと・頼んだこと以外しない
4TPOがなってない
5給料を貰っている責任感が無い
(ニュースより抜粋)

初めて長期で働いたバイトは某レンタルショップの店員だった。まだ仕事を覚えるのに必死の毎日で、先輩から頼まれた雑用の最中にお客さんが問いかけてきた。

「任侠映画はどこにあんの?」

見た目は、湘南乃風モドキと言える強面のお兄さんで、当時の私から見たら、若作りしたオヤジに思えた。私の地元は似たような輩の多い町だったので、あまり恐怖心は無かった。
仕事(雑用)の事で頭が一杯だった私は「あっちっす」と、アゴをひょいと動かしてモドキさんに任侠コーナーを教えてあげた。

そしたら、モドキさんがブッチギレ!

「おいてめぇ!
なに客をアゴでつかってんだオラァ!」


今となっては怒って当たり前の対応だったが、当時の私は接客業とは何たるかなんて事は何一つ分かっていない。仕事中も頭の中はボーっとしていた。いつの間にか怒り出した客を見て、「うあー、めんどくせえ」と思った覚えがある。

その後に店長さんがモドキに頭下げて、私も半ば強制的に頭を下げさせられた。そこから『接客業とは』の基本を少しずつ学んでいった。
あの頃の私からすれば、明らかに成長したと思える。間違いなくバイトで得た経験が、今の仕事やこれまでの仕事で、対人関係を上手く導いてくれている。できるなら接客業に戻ってみたい。


当時の話の続きだが、モドキのブチギレ事件から数週間後にまたモドキが来店して、「任侠映画はどこにあんの?」と同じ質問をしてきやがった。めんどくせえなと思いながら任侠映画のコーナーに案内した。
「こちらになります」ちゃんと手でコーナーを示して、頭も下げましたよ。
ずっと貸出し中だったミナミの帝王のやつが返却されていたようで、「あった、もどってるよ!」とか言ってガキみたいに喜んだ後、
「ありがとよ」(笑顔)
とか言いやがったんだ。

あれがバイトを初めて、一番最初の嬉しい出来事だったかもしれない。
湘南乃風モドキとか言ってごめんよ。

こちらこそ、ありがとよ。

あと、ミナミの帝王は意外と面白い。

湘南乃風の歌も大好きです。
2月14日はバレンタインデーというのが世間一般の認識だが、それに異をとなえるネットユーザーたちが「全国のコンビニでうまい棒買い占め大作戦!」を実施している。ネットにはうまい棒の山や買い占められて空になった棚の写真が続々と投稿されている。(ニュース記事より抜粋)

バレンタイン=チョコレート

この菓子メーカーが販売戦略として考えた売り方が、まるで日本の文化のように浸透してしまうのは以前から納得がいかない。この騒動(活動)は、見事につまらん販売戦略のなごりに一蹴り入れてくれたと言える。直接は関与していなくても、少しスカッとした。

もちろん、これで来年からバレンタイン=うまい棒にはならない。頑固なカビ汚れの如く根付いてしまった下らない販売戦略は、そう簡単に落とせないだろう。もちろん、海外でもバレンタインにチョコをプレゼントする事はあるが、日本のようにチョコ一色ではない。思い思いのプレゼントを、愛を伝える意味で贈っている。
知り合いに彼女へ花を贈る人も居たが、「ダイエットなう」の現代ならチョコより喜ばれるかもしれない。

これを切っ掛けにバレンタイン=○○と言う何の面白味もなく、何の想像も湧き立たないインテリジェンスの欠けた行いが無くなり、人それぞれが思い思いのかたちで愛を伝えるプレゼントを考えて、それを贈るイベントになって欲しい。

結果として、バレンタイン前日の“まるでネズミに荒らされたチョコレート工場のようだ!”が一般家庭のキッチンで繰り広げられる光景や、「どうしたらこんなチョコになるのか、食って大丈夫なのか?」と思わせる摩訶不思議な手作りチョコを食べずに済めば、幸いである。
話が面白くない人の特徴で1位は自慢話とのこと。
一言に自慢話と言っても、話し方や伝え方で大きく変わる。


個人的にウンザリする自慢話は、話している本人の事ではない自慢話ですね。
「知り合いが業界人や大手企業の社長だ」
「知り合いに金持ち(羽振りのいい人)がいる」
「知り合いがテレビに出演した」
などが良くある。

ただ話すだけなら辛うじて聞けるが、他人の自慢話をドヤ顔で自分の偉業や成果のように話す人が苦手です。とりあえず「へぇー」「すごいね」と言っておくけど、内心は呆れているのだ。
その話だけは確かに凄いけど、お前のやった事じゃないだろうと言いたい(笑)

あとは話しのフリから
「すっごい面白いんだけど聞いてよ!」
「マジで爆笑するから(笑)」
「これマジすごいから、聞いたら驚くよ?(ドヤ顔)」
なーんて言っちゃう人ですね。

このパターンでは、自分でハードルを上げまくって、自爆する人しか見た事がありません(汗)


どうしても自慢話をしたい時は、話し相手のリアクションを良く見ましょう。
「もういい、その話飽きた」
「この間も、同じ話聞いたよ」
と、相手の表情がウンザリしていないか要注意ですよ。