鳥雲に茶碗ひとつを叩き割り

 

一国を見捨てて眩む鳥曇り

 

ルフランや鳥が雲へと入るときも

 

鳥雲に入るかなはやく風呂沸かせ

 

翼もつその身のかるさ鳥雲に            【笑い仮面】

 

 

 《鳥雲に入る》、この季語、ちょっと誤解しやすいんで、ちびっと語ってみることにしよう。勢いがよさそうで、燕や鳶なんかがきりもみをしながら急降下して、あわやというところでUの字を描き雲のなかへつっこんでいっているような雰囲気だけど、それはまちがいというか勘違い。上の画をみてわかるとおり、これは《渡り鳥》が北をさして飛んでゆき雲のなかにまぎれこんでゆく情景をさした季語。雁や鶴のほかにもおおぜい渡り鳥はいるんだね。威勢のいい句もあって、ちょこちょこ勘違いされてしまっているようだ。その責めは現代の俳人がその作品によって負うべきだろう。

 

 われにもあらずウンチクなんぞを垂れてしまった。直感派=インスタント俳句を旨とするぼくとしてはおもしろくはない。けれど、「スーパーはどっちですか?」と尋ねられてあっちにあるのにこっちのほうに行ってしまったら、大変じゃないか?という理由で、ありったけの情報をPCのなかからひろいあつめてゴタクをならべてみたしだい。

それにしても、喩えが、殺人的にへただなあ(笑)

 

画像:浩洋子の四季

 

 

 

 

 

春雷にとなりの家が立ちあがり

 

ロレンスの肖像あをし春の雷

 

くちびるにはつかみなりのかをりせり

 

蟄雷や古びた鍬の並びたる

 

けいれんののちの酸つぱさ春雷す   【笑い仮面】

 

 

 今日も今日とてうだうだとDHロレンスの詩の翻訳をしていたら、どこかで、たぶん川向こうのほうからどろどろという低いが野太い音がして、一瞬あたりが銀色のしじまに吞まれてしまう。春雷だ。分厚いコートを脱いでさあ街へ出かけよう、自然がうながしてくれているんだ。そこのじいさんもすけべえなロレンスの原書にばかり頭をつっこんでないで、たまには野原をそぞろ歩きしてみないかね?ぼくにも、そういってくれているのかもしれないな。おしまい。

 

 

 

画像:Art Majeur

 

 

 

 

 

座布団の四隅慥かにうららかな

 

うららかにおかんは象となりにけり

 

茶をすすりけふ麗日といふつもり

 

うらうらとぼくのラバさん踊り出し

 

波乗りのひところげ落ちうららけし        【笑い仮面】

 

 

 やっと春らしくなってきたのかな。西日本のシベリアと呼ばれている当地でも(ぼくが、そう呼んでいるだけです)吹く風はやはりひんやりとしているものの日射しが多くなり、あたたかになってきているようだ。あたたかになってくると自然とひとの心にもゆとりができるのか、表情もやわらいできて、こういう日々ってわるくないなあって思っちゃう。

 

 四句目の《ラバさん》は、戦前にはやった「酋長の娘」という歌から借用した。《色は黒いが南洋じゃ美人》と、いくぶん人種差別を匂わせる歌詞もあるけれど、ぼくは《色は黒いがテクテク踊る》っていう箇所にこころ奪われてしまった。ちなみに《ラバ》は《Lover》で、恋人、いとしいひとくらいの意味になるのだろう。なぜか、さいきんこの歌をよくくちずさんでいる。脳天が、うららかなんだろう。

 

 

画像:白浜マリーナ