シクラメンめざめのための白さかな

 

いい女すぎるは難儀シクラメン

 

凪とほく篝火草をつれてゆく

 

泣きやんで豚の饅頭ゆれはじめ

 

シクラメン無菌室にもある寝息          【笑い仮面】

 

 

 

 好きな花ではあるけれど、句にするのは、これまでなんとなく避けてきていた。時間とともにこびりついてしまった歌謡曲のイメージに抗えなかったのだろう。ぼく自身はたぶん10代のころから小椋佳氏のファンで、甘やかでよく響く歌声もさることながら、「白い一日」(歌:井上陽水)や「ただお前がいい」の《わずらわしさに投げた小石の放物線の軌跡の上で通り過ぎてきた 青春のかけらが飛びはねて見えた 》(歌:中村雅俊)といったすこぶる覚めた審美眼と日本的叙情を融合させた歌詞には、圧倒され、嫉妬したこともあったから、なおさらだったかもしれないな。

 

 でも、そんなことでしょぼくれちゃうようじゃいけねえ、と、みずからの尻を叩き(Mか?)、ここはぼくだけのシクラメン像をまとめてみようと、昨日思いたって詠んでみた。ううん、やっぱりまだ昭和歌謡みたいだな。もう少し、悩んでみることにしようか。

 

画像:ART meter

 

 

 

摘むひとを憎みはじめし菫かな

 

すみれぐさ近くに沢のありさうな

 

黒服の背をパンジーに見つめられ

 

筆ペンはまだ使はずに壺菫

 

菫菫ちひさき詩のみを遺されて       【笑い仮面】

 

 

 おとなりさんちのお庭の菫がほころびはじめたらしい。かれんでしずかな佇まい、いがいにくっきりとしたその彩りは、「ほら、わたしが春ですよ。春そのものですよ」と声をあげているようだ。むろん花はそんな声をあげることはまずないから、これはぼくのぽんこつな脳天のどこかがショートしかけている前兆なのかもしれない。

 

 いま、DHロレンスの詩を訳していて、彼の詩集に「三色すみれ」「続・三色すみれ」と、二冊も菫の名を冠した詩集があることに気がついて、ちょっぴり興奮しているところだ。あの肉体と生命を奔放にうたった詩人は、この花のどこに、そんなにも惹かれてしまったのだろう?肖像写真のロレンスは、ふふんともいってくれない。

 

 

画像:一枚の繪オンラインショップ

 

 

 

 

 

     ♪運転♪

運転の技術?あれはまったくの逆説なんだ
長年の慣習がそのことを証明しているのにもかかわらず
左にハンドルを切れば右へすすむし
右に向かえばはんこを捺したようにまちがえやがる。


          ★

The art of good driving 's a paradox quite,
Though custom has prov'd it so long;
If you go to the left, you're sure to go right,
If you go to the right, you go wrong.

 

          ★

 

 へえ、自動車ってマザーグースの時代にはあったのか。って、自動車の起源は18世紀フランスでつくられた《蒸気三輪自動車》

じゃなかたっけ。でも、ハンドルを握ってアクセルを踏んだら思いどおりに……いってないみたい。⦅左にハンドルを切れば右へすすむ》ってずいぶんアブナイ自動車じゃないか。

 なんて、ぼけぼけ考えこんでいたら、はっとひらめくものがあった。この《自動車》はおばあさんが乗ってる《ガチョウ》のことなんじゃないか。《左にハンドルを……》っていうチンチクリンな動きも納得できちゃう。そうか。こういうふうに笑いとばしたり、ことば遊びにすることで、マザーグースは世界のどこへでも飛んでいけるっていう寸法なんだ。オソレイリヤノキシモジンだ。

【笑い仮面】

 

画像:pinterest