脳梗塞を起こしてから数日間、38度台の熱が出た。

S先生の薦めもあり、本当に辛い時以外は解熱剤/頭痛薬を控えた。

解熱剤カロナールを飲む回数は、1日3回、2回、1回と減っていった。
また、1日100回のニッ、ニッという口の左側を上げる自己流リハビリも欠かさず行った。

そして10月25日、ついに頭痛もやみ、薬を飲まなくとも37度弱まで熱は低下し、口左側の麻痺はなくなった。やったー!





それに合わせてだんだん僕のお調子者の性格も顔を出してきた。
というか回復より早く出ていた。


脳梗塞2日後には、髭は勿論のこと、誰に見せるでもない眉毛を抜き出し、鼻毛を切りだしたりし始めたのだ。









無駄毛の処理だけは健常者気取りである。





10月25日、朝の回診にて。

「Jさん、今日は看護師さんが呼びに来たら歯科の診察を受けてくださいね。」

朝、S先生に歯科へ行くよう言われる。そう、本来はもっと早く歯科受診をするはずが、脳梗塞を起こしてしまい先延ばしになっていたのだ。歯科は病棟2階にあるらしい。それにしてもほとんどの診療科がある大学病院はやはり便利だ。


少しして看護師に呼ばれ、車椅子で歯科に向かう。

歯科では一番年配で経験豊富に見え、且つ優しい表情が印象的な伊介先生に診察を受ける事になる。
口調も穏やかで本当に安心できる。この病院はいい先生ばかりだ。


点滴をしたまま口の中全部のレントゲンを撮り終えた後、

「左の奥歯の痛みは大丈夫?」

と伊介先生に聞かれた。

「えっ? はい、痛みはありませんが。それって左下の奥から2番目の歯の事ですか?」

「そうそう」

その歯は3年ほど前、Z個人歯科にて神経を抜いて、セラミックの土台を入れ、仮歯をかぶせていた。その仮歯が2年前位に割れて土台がむき出した状態だった。しかしぼったくり気味のZ歯科に嫌気が差して、行かなくなってしまったのである。痛みも全くなく、土台はしっかり入っているので、仮歯が割れて2年ほど放置していた。

「痛くないの?」

「全く痛くありません」

「その歯の根の下の骨が溶けちゃってる。ほら、レントゲン見ると、黒く空洞になってるでしょう。」

レントゲンを見ると歯の根の下から中央に掛けて明らかに黒くなっている。

「えっ、骨が溶けちゃってるんですか?」

「うん、Jさんその歯は抜かないとだめだよ。じゃないとまた心内膜炎が再発しちゃうよ」

「抜歯!! ってことは、歯磨きの時の出血じゃなくて、そこが今回の病気の感染巣ですか?」

「たぶんそうだね。状態はかなり悪いし」

あのZ歯科医め、治療費やたら高いくせに結果これかよ…。3年前まで掛かっていた歯科医の顔が浮かぶ。



「それって仮歯が割れたのに2年くらい放置してた事が原因ですか?」

Z歯科医を頭の中で責めつつも、そこはやはり僕である。ちょっと待ちなさいと、天使の声が聞こえてきて、仮歯が取れたのを放置した自分を責め始めたのである。すみません嘘です一応聞いただけです。


「いや、たぶんそれは関係ないね。ほら、レントゲン見ると神経抜いた後の処置で、根の先まで入ってなきゃいけない薬がうまく届いてなかったりしてるから」


あのZ歯科医め、治療費やたら高いくせに結果これかよ…。3年前まで掛かっていた歯科医の顔が浮かぶ。

「はっ、今のは!?」














頭の悪さを裏付ける秒速のデジャヴである。







「神経を抜いていたから痛くなくて気付けなかったんですね…。あの、そのレントゲンで黒くなってる部分ですが、根幹治療で抜かずに済ませられませんか?」

「うーん、この黒い箇所が歯の根の先の部分だけじゃなくて、真ん中まで来ちゃってるでしょう。」

「はい」

「ここまでひどいと通常、根幹治療しても骨が戻ってこないんですよ。」

「うーん、そうですか、ただ永久歯の抜歯は僕もできる限りしたくありません。何とかなりませんか?」

「うーん、そうだね、東京歯科大学とか東京医科歯科大学とかの病院なら、歯科の根幹治療だけでも細かく科が分かれてるから、歯を残せるって言うかもしれない。」

「本当ですか?」

「一度そっちに聞いてみますか? 私の方から紹介の手紙はいつでも書きますよ。」

「でしたらこんな状態になりながら(点滴の針を見せる)、非常に身勝手かと思いますが、お願いさせて頂いてよろしいですか? さすがに永久歯の抜歯となると躊躇しますので」




心臓病



脳梗塞



レレレのおじさん





この3段オチだけは何としても避けなければならない。


その為にはより高度な歯科治療を行える歯科の治療は何としても受けたい。

「分かりました。じゃあJさん、どこの病院か決まったら看護師さん通じて連絡してください。手紙書きますから。」

こうして慈恵医大第三病院歯科 伊介先生の初めての診察を終えた。



病室に戻り、東京医科歯科大学と東京歯科大学のHPを隅々まで見た。なるほど、確かに歯科内に凄く多くの科がある。だけど、こと根幹治療に関してはどちらも1つの科だけっぽく見える。僕は他にもないかとインターネットで探してみた。
そこで、HPで根幹治療のプロを謳うα歯科医院を見つけた。

α歯科医院は個人歯科医院だが、アメリカの標準治療法を取り入れ、治療する歯以外をラバーで覆って唾液からの菌の感染を防いだり、極めて高度な治療を行うと説明されていた。
また、

他の歯医者で抜歯と診断されても当医院なら抜歯せず残せます。

と謳われていた。この文句は僕にとってとても強烈だった。
α歯科医院で診て貰いたい、と思った。

この時の未熟な僕はまだ伊介先生の名医っぷりを見抜けていなかった。





【天声素人語 第九回】 コントロールせよ

貴様の歯が生えかわるのは1回のみ、鮫とは違うのである。貴様は歯磨き粉、歯ブラシ、歯間ブラシ、糸ようじ、デンタルフロスなどを駆使し、プラークをコントロールせねばならない。なおデンタルフロスについて、これ安い糸で代用できるんじゃね?という私情を挟む余地がある貴様の歯間は隙間だらけである。また、適宜ブレスケアなどにて口臭もコントロールせよ。