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HOLGAに焦がれて

思いつくまま書き綴った詩と、HOLGAレンズを使って、LOMO風に撮った写真を、展示しています。どうぞごゆっくりご鑑賞ください。  

六道と言う言葉がある。

六道とは、人が死んで生まれ変わって行く場所だと言う。

天道、人道、修羅道、畜生道、餓鬼道、地獄道と六つの世界がある。

死んでから行くのではなく、生きている上で通る道だと言う人もいる。

六道は、人が苦しみながら行く道だ。

悟りを開くと、六道から浄土へ行けると言うが、できるのだろうか。

私には、出来ない。

いつまでも六道をさまよいめぐっているだろう。

 

今回の写真は、奈良の宝山寺で撮影した写真。金属の鈍い輝きが輪廻の世界観を表しているようだ。

 

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新型コロナウイルスの感染はどんどん広がっている。

東京都内で、新型コロナウイルスの感染者が、3000人を超えた。

都内だけでなく、あちらこちらで感染者の数が増えてきている。

どこまで感染は広がるのだろうか。

周りで感染した人がいないので、新型コロナウイルスの話は、テレビの中の話のように思える。

これから先、私が新型コロナウイルスに感染する事は、あるのだろうか。

感染すると人生がどのようにかわるのか。

病気にかかる事よりもそちらの方が怖く感じる。

 

今回の写真は奈良県の宝山寺の写真。どちらも手水で豪華さはないが、趣が感じられる。

これで手を洗うと、新型コロナウイルスの殺菌できそうと思うくらい、清らかで冷たい水だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

祇園祭りが中止になった。

新型コロナウイルスの影響で今年は、祇園祭りをしなくなった。

延期ではなく、中止である。

なんてことだろう。

祇園祭りは、疫病退散の為の祭りなのに。

疫病に負けて中止になった。

しかたがない事だが、悲しくなってくる。

神も仏も無いものかと思う。

祭りで使う、スサノオノミコトがくれた疫病を防ぐ「蘇民将来子孫也」のお札は、どうした。

中国製の紙マスクより価値が無く、疫病の前には、無力か。

科学が発達して何でも分かり、何でも出来るようになった。

その引き換えに、我々が大切にして、守っていた物が、次々と無くなっていく気がする。

 

今回の写真は、お寺で撮った写真。新型コロナウイルスの影響で、お参りに来る人は、少ないと思っていたが意外と多く、ろうそくや、御線香を立てて、みんな拝んでいる。祇園祭りは中止になったが、みんな心の中では、神仏の加護を期待していると思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜の花が散っている。

風に吹かれて散っている。

名残惜しそうに、はらりはらりと散っている。

吹雪のように散る桜の花もある。

どの花も、潔く散っている。

桜は、散ってこそ桜。

散るために、花を咲かす。

私は、桜のような潔さはあるのだろうか。

 

今回の写真は、ならまちの街角スナップ。2枚目の写真は、橋の写真で道路の下に川が流れている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大衆食堂の駐車場に高級車が停まっている。

車を知らない人が見ても知っている位、有名なエンブレムが付いた高級車である。

2台も停まっている。

此処の食堂は、安いだけが売りでボリュームも無ければ、上手くもない。

高級車に乗るぐらいお金が有るのに、こんな店に来るなと思う。もっと立派なレストランに行けばいいのにと思う。

中には、高級車に乗るために、お金を節約している人間もいるが、そう言う人間は、昼食程度に大事な車を出さない。

自転車か歩いて来る。

この車の持ち主は、お金が有るのにお金を出さない、そういう類の人間だと思う。

入ってくるお金を貯めて、外に出さない。要するにケチなのである。

そういう人間がいるから、世の中のお金は、人々に廻らず、一部の人だけ潤う。

残念だけれどどうしようもない。

 

今回の写真は、奈良のならまちの街角スナップ。

 

 

 

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