
左:後円部側からくびれ部前方部を望む右:墳丘上の解説板
岩戸山古墳の探訪と講演会受講を済ました後は西に10分ほど移動し、これも八女丘陵の大型前方後円墳である石人山古墳に向かいました。
岩戸山よりも古式で少し規模は小さくなりますが、これも全長120mの巨大な墳丘を誇ります。 訪問されましたら、前方部の開きが岩戸山古墳より狭くより古式なのを良く見て比べてください。さらに左側のくびれ部には造り出しも設置されています。くびれ部の墳丘上には大型の武装円筒石人が建てられており、これは原位置を保つ数少ない石人例と考えられています。細部が削られて薬として用いられた経緯のため、保存が良いとは言えませんが、短甲と草摺り、太刀を付けた力強く立派な石人です。
古図によると、もう一体石人残欠があったようですが、現在は存在しません。
そして石人庫背後の後円部に回ると、もう一つ立派な収納庫があり、その中におされられているのがこの古墳を全国的に有名ならしめている、横口式家形石棺なのです。その屋根表面には、日本を代表する美しい浮彫直弧文が10個刻まれており、その上には同心円文も同数刻まれています。
もう何度も訪れているここですが、いつもその美しさにしばし見惚れてしまいます。実は横口部の寄棟天井部分や、両袖部分にも直弧文が刻まれているのですが、風化して確認しずらくなっています。訪れた際はここに注目するのも忘れないようにしてください。

くびれ部上の収納庫に保管された武装円筒石人草摺り部分に赤色顔料を残し、左脇には切り込みがあって、太刀がはめ込まれていたと想像される。頭部が丸くなっているのは民間信仰で長年削られていったため右:後円部に設けられた保存庫内には小型の横穴式石室におされられていた大型家形石棺がある。その屋根表面には精細なタッチで浮彫された直弧文(A型連接形)と同心円文がびっしり並んでいる


表面の直弧文拡大画像と、家形石棺の収納庫全景この難解な文様は一体何を表現したものなのか??私には腹案あります
古墳に隣接する資料館「こふんピア広川」には近くの弘化谷古墳装飾石屋形のレプリカや様々な考古資料が展示されており、ここも見落とすことなく訪問されることをお勧めします。


隣接するこふんピア広川と館内に復元された弘化谷古墳の装飾石屋形、線刻で型撮りした三角文、同心円文、小型靫双脚輪状文を赤、緑で彩色する

双脚輪状文の解説板、その来歴については最近明らかになったらしい
ところで、中世まで筑紫の君 磐井の墳墓はこの石人山古墳考えられてきました。しかし、久留米藩が誇る天才地方歴史学者「矢野一貞」が風土記逸文をよく分析し、ここではなく 「岩戸山古墳である」 と提唱し、森貞次郎先生によってその説が補強確定されたものです。
それを語るだけでも一つのドラマになるくらい素晴らしい研究です。
次回は当日の講演内容を詳しく解説したいと思います。