東京国博の江田船山古墳国宝群 ブレイク4 | 蕨手のブログ

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船山鉄剣二船山鉄剣一あまりにも有名な銀象嵌鉄刀の側面には魚や花、馬、鳥等の文様が刻まれる

 江田船山古墳は熊本県玉名郡和水町(旧菊水町)江田の菊池川沿いの清原河岸段丘上に築かれた全長60mの前方後円墳です。
 それほど目立つ古墳ではないのですが、明治時代1873年に貴重な副葬品が多数出土して一躍脚光を浴びました。

船山鉄剣鉄剣象嵌鉄刀の全景と背面の銀象嵌文字






 
 後円部に直葬された大型の家形石棺から多数の刀剣、銅鏡、玉類、冠帽、馬具、甲冑、装飾具が発見され、すべて国宝に指定されています。

 中でも有名なのが銀象嵌銘の鉄製大刀で、刀背に銀で最古の銘文75文字が象嵌されています。その内容はおよそ下記のようなものです。

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治天下獲加多支鹵大王世奉事典曹人名无利弖八月中用大鉄釜并四尺廷刀八十練九十振三寸上好刊刀服此刀者長寿子孫洋々得□恩也不失其所統作刀者名伊太和書者張安也
 
<訓読>
 天の下治らしめし獲□□□鹵大王の世、典曹に奉事せし人、名は无利弖、八月中、大鉄釜を用い、四尺の廷刀を并わす。八十たび練り、九十たび振つ。三寸上好の刊刀なり。此の刀を服する者は、長寿にして子孫洋々、□恩を得る也。其の統ぶる所を失わず。刀を作る者、名は伊太和、書するのは張安也。

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 この中で 「獲□□□鹵大王」 のくだりは当時の大王(天皇)の名前を示していると考えられましたが、文字の剥落があることなどもあって特定に至っていませんでした。

 しかしながら、1963年に埼玉県稲荷山古墳から発見された鉄剣に金象嵌銘文で 「獲加多支鹵大王」とハッキリ刻まれているのが発見されてからは、同じ「ワカタケル大王(雄略天皇)」を示していると言うのが定説になっています。


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<解釈>
ワカタケル大王(雄略天皇)の時代にムリテが典曹という文書を司る役所に仕えていた。八月に大鉄釜で丹念に作られためでたい大刀である。この刀を持つ者は、長寿であって、子孫まで栄えて治めることがうまくいく。 大刀を作ったのは伊太□で、銘文を書いたのが張安である。
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 銘文解釈通りだとすると、大和を遠く離れた菊池川中流域と関東平野に大王の息のかかった人物が派遣されていたことになり、当時の大和朝廷の覇権が日本全土に及んでいたことを窺わせるものとなります。


 出土したこれらの至宝は、明治政府に当時の90円で買い上げられ、この国立博物館に収蔵されることとなったのです。そのような貴重な遺物は、出来れば地元で眺めたかったことです。

そのような背景に思いを馳せつつ展示品を眺めました。

船山国宝二船山国宝三甲冑や刀剣、靴







船山国宝一江田船山鏡
冠帽や銅鏡