
90年頃撮影された壁画写真、左中段に横に2個並んだ双脚輪状文が描かれているが、判別困難
弘化谷古墳は直径40m程の規模の大きな円墳で、福岡県の八女市と広川町の境界に広がる丘陵地上に築かれており、直ぐ隣には石人と直弧文で有名な石人山古墳と、資料館であるこふんピア広川がある。
比較的最近、1970年頃の果樹園造成中に発見されたため、石室の前半部分が破壊されてしまっている。石屋形に珍しい装飾文様が判明したため、史跡指定を受け、一般にはほとんど公開されないまま埋め戻し保存されてきた。その後20年を経て1991年頃に墳丘の復元と保存公開施設が完成し、春と秋の年2回公開されるようになっている。
ガラス越しに見るとこの様な状態で文様判別は難しい
そのようなわけで、学生時代、存在を知りつつも手の届かない(見学不能な)憧れの装飾古墳として、長く記憶に残る古墳の一つであった。1991年の最初の一般公開時に、ようやくその壁画への対面が叶ったのであったが、それは少し辛い体験でもあった。
描かれている文様はは赤と緑で描かれた小型の靫や連続三角文、同心円文などであるが、何と言っても特徴的なのは、類例の少ない2個の双脚輪状文であろう。釜尾古墳のように横向きに描かれているが、脚は小さめで、輪状文も棘状の突起が無く、同心円文に小さな蕨手文を付けたようなシンプルな形である。
しかしながら、発見当初から文様の褪色が進んでいたことや、壁面全体が薄い赤で下地塗りされている等の原因で、個々の文様をハッキリと認識することは、壁面近くから撮った公表写真でも難しい状態である。ましてや、石室入口のガラス窓越しに乏しい照明の下(ここは本当に暗い)では色が付いているのを確認するのがやっとの状態である。最初の訪問以降、2回くらい見学したことがあるが(双眼鏡を使っても)、いずれも満足な観察が出来た事はない。
現状ではこれ以上は望みようがないかも知れないが、いつの日か条件が整って双脚輪状文をハッキリと確認できる幸運を期待してまた足を運び続けるのだろうな。
復元された墳丘の状態