’78年 サンポーデラックス 甦る古墳文化 石室の記録 | 蕨手のブログ

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 昭和53年にサンポージャーナルと言う出版社から刊行された特集写真雑誌です。「横穴式石室」の紹介がメインテーマですが、装飾古墳についてもサブテーマとして詳しく写真で紹介されています。
 装飾古墳を扱ったものとしては非常に異色本で、撮影から執筆、編集まで全て建築家、建築写真家が担当しており、撮影方法や記事の執筆も非常に建築家的な視点で行われています。このため、独創性に富んだ内容は、同じような内容の書籍を読み慣れた私には新鮮な驚きでありました。
 石室の構造がよく解る視点で撮影がされていますので、装飾の他に石室構造にも興味の深い方には高く推薦出来る本ですね。
 もう一つの目玉はあの偉大なる芸術家!  「岡本太郎」 先生と写真撮影担当の三沢博昭氏の対談が組まれていることです。

 岡本先生はその中で、私の胸がすくような痛快な装飾古墳評を述べて頂いており、「私が言いたかった気持ちは正にそうなんですよ!!」と本当に感動しました。以下に引用します。

「壁いっぱいに踊る赤い無数の円形、また、直弧文と呼ばれる不思議な抽象形態、その神秘的な造形性に圧倒される-このすごみはいったい何なのだろう?抽象と自然を対立的に考えてきた図式は果たして正しいのだろうか?神秘的な抽象形態の表す情念は、正に根源的な、そして人間的な”自然”ではないか? 文化と生命感は時空を越えてあり、抽象はそれに直結している。・・・・・・・

 しかし、装飾古墳の中にある様々なイメージ、絵を見ると決して上手くはない。職人が作ったり、描いたりしたものではない。当時は職業がそれほどハッキリ分化していなかったろうし、専門の職人がやった仕事だとは、どうしても思えませんね。
 あそこに漂う神聖な祈り、呪術的な意味合いを考えると、職人が手先を頼んでやったものとは思われません。精神があれを作った。だからあんな呪文のような装飾が出来たんでしょう。それからいってシャーマンがあの古墳を設計し、あの絵を描いたんじゃないかと僕は思いますね。シャーマンとは精神的な存在であって手先の仕事をする存在ではない。だから装飾古墳の絵はあれだけの迫力を持ち得た。」

「それに引き替え、高松塚の絵は余りにも生活感がない。ナマの迫力がない。中国か朝鮮の技法をイミテーションしたものか、あるいは向こうで経験のある人間があれを描いたのであって、装飾古墳の純粋さには遠く及ばない。
 あんなカッコだけつけた高松塚をどうして問題にし、政府もその保存研究に力を入れるのか?私には解りません。九州の装飾古墳は権力者の墓だけど、土地の生活感が純粋に溢れていると思う」

どうですか? 気持ちを上手く表現出来ない我々の替わりに胸のわだかまりを一気に吹き払ってくれるような名言ですね! 学説や歴史考古学も取りあえず置いておいて、まずはそこに描いてあるもの、描いた人々の精神を心で感じてみることだと思います。