ブラリと寄った九州国博で思わぬ収穫に遭遇 -多くの謎に包まれた純金の耳飾り- | 蕨手のブログ

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 土曜日に仕事で出勤しなくてはいけないので、今日はその代休日、最近仕事が恐ろしく建て込んでいて、疲労困憊の状態だった(オーバーヒート状態)ので安息日にしたかったけれど、昼近くなったらやはり体が騒いできました。閉幕が近い九州国立博物館の企画展を見ていなかったので、フラフラと出掛けてしまいました。
 現代の作家の作品展示と言うことで少し甘く見ていましたが、大間違いで、博物館で展示する価値がある文化財に等しい素晴らしい作品群であることを思い知って、大満足すると共に認識を反省しました(別に日記で触れたいと思います)。
 それ以上に嬉しかったのは、思いがけず大変貴重な遺物に多く出会う幸運に恵まれたことです。

 今回はその第1の幸運について話します。企画展を出た後、いつも立ち寄る常設展の古墳時代コーナーに行くと、朝鮮半島系のとても美しい純金の耳飾りが展示してありました。

 良く覗き込むと何とそれは、昨年立ち寄った氷川町の野津古墳群(前方後円墳五基)中の一基、物見櫓古墳から平成九年に出土した遺物だそうです。
 撮影禁止でその場面をお見せ出来ないのがとても残念ですが、精巧な鎖(鎖は兵庫産だそうです)で吊り下げた球体状のオブジェに小さく精細な輪や粒を綺麗に貼り付けた美しいものでした。

 傍らに朝鮮半島の三国(百済、新羅、加耶、三国間で微妙に作風が違う)から出土した同様の金耳飾りが幾つか比較展示してありました。鎖で下げた構造から見て、加耶出土のものが氷川出土に一番関係が深いと考えられるそうでした。両国間の深い関係が偲ばれます。

 野津古墳群と言えば、火葦北君の有力墓所に推定される古墳群ですし、同様のものは八女市筑紫君磐井の墓、岩戸山古墳や、玉名市の火中君の勢力地、大坊古墳から出土しているくらいです。
 野津古墳群は磐井の乱後の6世紀中頃に集中して築かれたと言われています。火葦北君が、筑紫の君に取り替わって大陸との交易を取り仕切った?   はたまた、彼らが大陸の出身だった?   そのような物証になるのでしょうか?

 取り上げた三つの耳飾りをググって捜してきましたので貼り付けます。一番豪華なのはやはり岩戸山のものですが、私は物見櫓のデザインが好きですね。実物をご覧になりたい方は九州国立博物館常設展へダッシュです。いつまで展示か調べてみますね。

岩戸山大坊物見櫓
左から八女市岩戸山、玉名市大坊、氷川町物見櫓古墳出土の純金の耳飾り