
井寺古墳石障奥壁のレプリカ(左画像1)と左壁現物直弧文(右画像2)
浦山古墳で直弧文を解説するよう以前の投稿で示しました。
しかし、色々と検討する中で、複雑で理解が難しい直弧文を理解するためには、やはり最初は井寺古墳から始めた方が良いと思いました。
直弧文とは古墳時代前期に特徴的に認められるきわめて複雑な幾何学文様です。装飾古墳だけでなく、副葬された鹿角製剣装具や鏡、埴輪等の表面に刻まれています。
簡単に表現すると「対角線で区切られた領域に弧線を渦状に巡らした文様」と言うことになりましょうか。とても印象的な文様なので、見られた方は強いインパクトを受け、直弧文とはいったい何なのか、その謎を解きたいと興味持たれることでしょう。
井寺古墳はこれまで何度も取り扱ってきた石障型の装飾古墳ですね。そして、明治末、浜田耕作らによる当古墳の文様研究により「直線及弧線の結合より成る一種の幾何学的文様」と称されそこから「直弧文」と言う名称が生まれた記念碑的装飾古墳なのです。
他ではほとんど見られない2色で塗り分けた直弧文が非常に美しい古墳でした(今では彩色がほとんど確認できなくなっています)。
さて、それでは実際に直弧文を見ていきましょう。画像1、2をご覧下さい。井寺古墳の直弧文は簡略化された上に赤白で塗り分けられているので文様の外観的特徴をよく観察できるでしょう。
直弧文以外にも車輪状文や梯子状文、柱状文と多様な文様に囲まれていますが、直弧文自体も2種類あることが見分けられますか?
実は直弧文には複数の型があるのです。これが理解を難しくしている原因の一つです。
その型は厳格な設計に基づいて引かれているのですが、真正面から入ると深みにはまりますので今回はスルーしてください。
今日はその型が直弧文としてどういう特徴を持っているかに着目してください。
一方は弧線が多く渦巻き状に対角線の中心を取り巻いています。もう一方は弧線が非常に少なく、対角線以外の直線が何本か見えますね。同じ直弧文でも両者にはかなりの違いが見受けられます。
左:画像3
右:図1
図1に定説化されている直弧文の分類と、画像3に型を記載した画像を示しました。最初の型はA型と言われ、後の型はB型と言われるタイプに相当します。
それでは図1中の鍵手文とは何でしょう?
画像3、4
下段 画像5、6

実は石障の上面や側面の細長い面にこの鍵手文が描かれているのです。図1の鍵手文図を比べながら画像3、4と、刻線を赤でなぞった画像5、6をご覧下さい。井寺古墳の鍵手文はこのように描かれてます。
なんだか直弧文とは随分違う気がしますね。
どうして同一面に描かれている車輪状文や梯子状文、柱状文ではなく、この文様だけを直弧文の仲間に加えるのでしょう。
画像7 青で囲った部分に鍵手文が・・・
ここは詳しい解説が必要でしょう。
画像7を参照してください。四角で囲った部分だけをクロースアップすると鍵手文に非常に似ていませんか?
そうです。鍵手文は直弧文の一部分を切り取って並べた文様なのです。だから広い意味で直弧文の型として分類されているのです。
ただし鍵手文は直弧文とは離れた細長い石材面に集中連続して描かれることが多く、他の直弧文と影響を及ぼしあうことは無いのて異質ではあります。
次回に続きます。
参考・引用文献
小林行雄 「古墳文化論考」 1976
伊藤玄三 「直弧文」 1984