<今日の教会の桜>

<教会の桜>

<今日の公園、黄砂曇り>

<今日の公園のサクラ>

<今日の公園の桜>

 

 今日もおかげを頂きました、感謝、感謝です。

曇り空、黄砂カスミのようです、暖かくなっています、13時のご祈念参拝&御理解を頂き、いつもの公園へ桜開花を確認して早々に帰宅。

 自己体温、36.4℃で平熱、元気です。

 

 現在、曇り、気温22℃、最高22℃、最低気温14℃、日の入りは18時37分、最大風速は11m/s.です。

 天と大地と御霊様へ拝礼。

 

 

今日の御理解・教典-725頁~726頁-

 理解 Ⅱ 吉原良三 2-2

 

2. 「天は日天四 月天四、地は金神である。三年ふさがりとか回り金神とかいうが、よく考えてみよ。ふさがっている間は普請(ふしん)ができないと言う。そうして、留守に普請をしている。人間にしても、そうされると、帰って来た時に、私の留守に普請をして不都合ではないかと、小言を言うであろう。神様でも同じことで、留守をねらって、後、知らん顔をしていては、お叱(しか)りを受ける。断っておいてすれば、神様は守ってくださる

と教えられ、私の代になって十年ばかり普請を続けてしたが、み教えどおり、一回もお叱りをこうむったことはなかった。

 

※ ご参考、2023年6月13日(totoro1145のブログ)、2020年3月16日、2018年8月6日。

 

 

<教会長先生、御理解>

 昔から金光教は、迷信打破の宗教である。と言ってきました。

暦に記されていた日柄・方角は迷信であり、無視していいものであると。

それは、暦にまつわる明治政府の意向に沿うものであったのです。

けれども、教祖さまは、日柄・方角は迷信である、とは仰ってはありませんでした。

金神が居るとされる方角があるなら、留守をねらうことはせず、ちゃんと断ってからすればよい、と説かれたのです。

つまりは、祟り神のようなお方であっても、真・真心を通せば、かえって守って下さると。

 

昨日も申しました、「真をもって神に向かい、実意をもって人によりそう」ということなのです。

真・真心には、そういう力があることになります。

本教では教祖の御信心は「実意丁寧神信心」であると言われています。

そして、改めて思うのです。

教祖のお心になるなら、その表現としての「実意丁寧神信心」となられるのだと。

たとえば、日乃大神さまのことを「世話になれば、礼を言わねばなりません」と仰ったのも、人としての真・真心によるものでありましょう。

そしてその教祖のお心に感応されたのが、天地の親神さまと言えましょう。

 

 

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おかげは和賀心にあり』。

 

   只今、修行中、和楽美・拝。